第22話 花火大会3〜栞の過去〜

 二人とも泣きやんで、抱き締めていた栞を離すとまた手を繋がれた。


 俺は何も言えなかった。勢いこんで栞を探しにきたというのに情けない。こういう時、気の利いた言葉の一つでも言ってあげられたらいいのに。


 栞が泣くのは、まぁわかる。きっと辛いことがあったって理解できたから。でも俺まで泣いてどうするんだって恥ずかしくなった。何事もなく栞が見つかって、安心したら勝手に涙が溢れてしまったんだけど。


 しばらくは二人で花火の上がる空を見上げていた。確かにそこにある栞の存在を感じながら。いくつもの花火が空に打ち上がっては消えていく。


 先に口を開いたのは栞だった。


「ごめんね、突然逃げたりして……」


「いいよ、気にしてないから。でも、心配はした……」


 本当は心配したどころではないのだけど。港の方へ向かったと聞いた時は心臓が早鐘を打つようだった。もしものことが頭をチラついて離れなかった。


「ごめん……」


「もう謝らなくていいって。こうやって二人で花火見れたし。一応今日の目的は果たせたでしょ?」


「うん……。ねぇ、涼は何も聞かないの?」


「……栞は俺に話しても平気なの?」


 俺はまだ迷っていた。


 本当のことを言えば聞きたいさ。栞のことならなんでも知りたいし。でもそれで栞が壊れてしまわないか心配なんだ。さっきの真っ青な顔を覚えているから。思い出すだけで辛いなら、いっそ忘れてしまうまで待つという方法もある。栞がどうしたいか、それが俺には一番大事だから。


「んー、どうだろ……? 今なら話せる気がするけど……。あっ、もしかして美紀から何か聞いたりした?」


「原因があの子だってことは聞いた。でも何があったのかは聞いてないよ」


「そっか……。じゃあ、話、聞いてくれる?」


「話してくれるなら聞くよ。でも、大丈夫? 話してて辛くなるようなら無理には……」


 肝心なところで俺は臆病だ。


「ううん、いい。涼には聞いてほしいから。なんか巻き込んじゃったし、このままじゃ涼も気持ち悪いでしょ? それに涼には私のこと知ってほしいの」


「わかった」


 栞が話せるというなら、もちろんしっかり聞くつもりだ。その後で何ができるかはわからないけれど、俺を信頼して話してくれるのだから。


「どこから話したらいいかな……」


「ゆっくりでいいよ」


「うん、ありがと。えっとね、さっきの子、美紀っていうんだけど、中学二年生の冬くらいまでは私の親友だったんだ」


 そうして栞はポツリポツリと話し始めた。



 ◆黒羽栞◆



 私は涼に全てを話すことにした。


 涼がいてくれたら平気だと思えるようになったけど、また同じことを繰り返さないように、きちんと自分の気持ちに整理をつけるために。それから、涼との関係をしっかり築くためにも。


 ここで怖気づいているようでは先には進めないと思ったから。



 ***



 私が美紀と出会ったのは小学校の入学式の日だった。


 当時、とても内向的だった私は同級生とはいえ大勢の人がいる状況に萎縮してしまっていた。自分にあてがわれた席に座って小さくなっていた。そんな私に声をかける子がいた。隣の席の女の子だ。私と違って活発そうで、人好きのする笑顔を向けられた。


「ねぇねぇ! あなたお名前は?」


「えっと、その……黒羽、栞、です……」


 この時の私は完全にビビっていた。だってすごくグイグイくるんだもの。


「栞ちゃん! かわいい名前! あたしは美紀だよ。新崎美紀しんざきみき! よろしくねっ!」


「う、うん……。よろしく、ね」


 どうしてかわからないけど、美紀は私のことが気に入ったらしく、帰りの時間まで私にべったりだった。最後の方は私も少しずつ慣れてきて、話ができるようになっていた。


 その日から私達は友達になった。


 それからは何をするのも美紀と一緒だった。私の性格はなかなか変わることがなくて、美紀以外の友達はできなかったけど、それでも美紀がいてくれるだけで毎日が楽しかった。


 お互いの家で遊んだり、誕生日には誕生会に招いたり。クラスが別になっても私達はずっと仲良しだった。親友だって思ってた。美紀も同じように言ってくれて、ずっとずっとそんな日々が続くと思ってたんだ。


 中学に入ってからも私達の関係は変わらなかった。家が割と近かったこともあり、登下校は一緒にしたりして。


 でも中学二年の二学期の半ばから、私の方に変化が起き始める。


 簡単に言うならいじめというやつなんだろう。クラスの女子達からいやがらせを受けるようになった。


 私にわざと聞こえるように悪口を言ったり、露骨に除け者にしようとしたり。


『ちょっと可愛いからって調子に乗ってる』

『成績がいいのを鼻にかけててウザい』


 そんなことを言われていた。近くを通ると舌打ちをされたりもした。


 可愛いかどうかは自分ではよくわからなかったけど、美容にうるさいお母さんの影響もあったんだろう。男の子からラブレターをもらったりしたこともあったので、人からはそう見えたのかもしれない。当時はまるで興味がなかったので全て無視していたけど。


 たぶんそういうのも気に入らなかったじゃないかな。


 美紀以外に友達のいなかった私には、除け者にされることなんて全く痛くもなかったし、悪口だってバカらしいと思ってた。直接的な被害もなかったし、本当にどうでもよかったんだ。


 私には親友がいたから。二人の時には私に代わって怒りをあらわにしてくれたし、気にするなとも言ってくれた。そんな美紀のことが大好きで本当に信頼していた。


 全てがおかしくなったのはその年の冬のある日。


 その日、私は日直で放課後に日誌を職員室に届けに行った後。帰宅のために教室に鞄を取りに戻った時、聞いてしまったんだ。


 教室のドアは開いていた。中からは誰かの話し声がした。


「黒羽ってさ、ちょっとおかしいんじゃない? こんだけ色々しても全然堪えた感じしないし。余計にむかつくんだけど」


「それな。相変わらず男子にも人気だし。あんなやつの何がいいんだか。暗いし、新崎としか話しないし」


 いつも通り、私のことが気に入らない人達が話をしていた。


 またくだらないこと話してる。さっさと鞄を回収して、と思った時だった。


「なぁ、新崎はなんであんなやつに付き合ってんの?」


 そんな言葉が聞こえた。


 美紀も今、教室にいる?


「え? 私?」


「そうそう、私もそれ思ってた」


「あー……。ほら、私くらいそばにいてあげないとやりすぎって思われると困るじゃん? そりゃ私だって嫌だけどさ」


 え……? 美紀、そんなこと思ってたの?


 私は目の前が真っ暗になりそうな気分だった。


「はっ、お優しいこったね。私には無理だわ」


「私もそろそろどうかなーとは思ってるんだけど……」


「ならばっさり切り捨ててやれよ。それであいつがどんな顔するか見ものだしさ」


 そこで私は限界を迎えた。これ以上は聞きたくなかった。黙って教室に入っていき、自分の席から乱暴に鞄を取ると教室を飛び出した。


 背後から笑い声が聞こえた。


「栞?!」


 誰かが私を呼んでいた気がするけど、立ち止まらなかった。


 あんな人知らない。親友だって思ってたけど、そう思ってたのは私だけだったんだから。


 それからどうやって家に帰ったか覚えていない。家に着くなり自分の部屋に閉じこもった。布団を頭まで被って泣いた。食欲もわかなくて、お母さんには具合が悪いと言って夕飯も食べなかった。


 次の日、とても学校に行ける状態じゃなくて、初めて仮病を使った。


 でも、そんなのが何日も通用するわけがない。3日目の夜にお母さんから明日も具合が悪いなら病院に行こうと言われて、仮病がバレるのが怖くなった。それに、両親を心配させたくなかった。だから学校に戻った。


 登校すると美紀からの視線を感じたけど無視した。もう私の知ってる美紀はいない。誰のことも信じられなくなって、それから私は一人ぼっちになった。


 私に嫌がらせをしていた子達は私の様子に満足したのか、やりすぎたと思ったのか、どちらかわからなかったけどそれ以降は何もしてこなくなった。


 可愛いと思われていじめられるならと顔を隠すようにした。最初はダサい伊達メガネをかけていた。前髪が顔を隠せる長さになるとメガネは外して、そのまま髪を切らずに目を覆った。


 残りの中学生時代はそうやって静かに過ごした。



 ***



「ここまでが中学の時の話、かな」


 涼は最後まで静かに私の話を聞いてくれた。自分のことじゃないのに、途中で涙も流してくれた。これまでは思い出すだけで辛かったけど、全てを涼に吐き出したら今までが嘘のように心が晴れやかだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る