第19話 栞の浴衣姿

 花火大会当日も夕方まではいつもとやることは同じ。栞が昼過ぎにうちに来て、一緒に宿題を進めて、それからは俺の部屋でのんびりしている。やっぱり相変わらず距離が近い。今日の栞は俺の肩にもたれるように少しだけ体重を預けてくる。


 状況的には嬉しいのだけど、俺は少しだけ違和感を感じていた。栞の表情が少し硬い気がする。


 もしかしてバレてる?


 俺は今日、栞に告白するつもりだ。もしそれが栞にバレているのだとしたら……。


 思い返せば、昨日決意した後から栞を意識しすぎてちょっとぎこちなくなってしまっていたし……。


 俺からの告白を待っていてくれて、それが伝わってしまっていて緊張してるとか?


 あまりにも自分本位な考えだけど、期待はしてしまう。どのみち俺のすることは変わらないのだけど。


『栞ちゃーん? そろそろ準備しましょうか?』


 階下から母さんが栞を呼ぶ声がする。


「はい。今行きますー」


『涼はそのまま部屋でステイ! いいって言うまで出てきちゃダメよー』


「わかってるよ!」


 さすがに栞の着替え中に突入して好感度を下げるなんて愚は犯すまい。それくらいの理性は俺にもきちんと備わっているのだ。


「それじゃ……ちょっと着替えてくるね?」


「ん、楽しみにしてるから」


「時間かかるかもしれないけど、待っててね」


「適当にダラダラしてるから大丈夫。ほら、いっといでよ」


「うん」


 栞が部屋を出ていくと、途端に静けさが気になった。二人でいる時は黙っていても平気なのに。まだ数日だけど栞と一緒にいることが当たり前になっていた。こうして少し離れるだけでも、物足りないって思ってしまう。


 それほど俺は栞のことを……。


 階下では母さんが喜々として栞に浴衣を着付けているんだろうけど、俺の部屋にまでは聞こえてこない。聞こえたら聞こえたで気が気じゃないんだろうな。


 栞にはすました感じで『楽しみにしてる』なんて言ったけど、本当はそんな言葉では表せられないくらいだ。


 だって好きな子の浴衣だもの。それに栞はすごく可愛いくなったし、そんなの楽しみに決まってるじゃないか。


 大丈夫かな……。ちゃんと告白できるかな……。


 栞の浴衣姿に見惚れすぎて、花火もそっちのけで栞ばっかり見て、気付いたら家に帰ってきてた、なんてことにならなきゃいいけど。


 しばらく栞の浴衣姿を想像しつつ、頭の中で告白のシュミレーションをしてみた。


『栞、好きだ。俺と付き合ってくれ!』


 なんか偉そうか……?


『俺、栞のことが好きなんだ……。俺と付き合ってくれないかな……?』


 弱気すぎるか?


 なにせこんなの初めてのことだからどう言うのが正解かわからない。


『俺、栞のことが好きです。俺と付き合ってください!』


 こんな感じかな……?


 同じことを言ってるはずなのに、ニュアンスでイメージが全然違う。


 うーん、わからん。こんなことをしても、その時になって思ったとおりに言葉が出てくるかもわからないし、結局出たとこ勝負になるかもなぁ。


 もし栞が俺のことを気になってくれてるなら、俺らしくっていうのが最善なんだろうけど、それが一番わからない。


「あーもう! やめやめ! 考えるだけ無駄だ!」


 ヤケになって叫んだところで、ドアの方からガタッという音が聞こえた。恐る恐る視線を向けると、ドアの隙間から栞が顔だけを覗かせていた。


「えっ、なに? 急に叫んでどうしたの? やめって……もしかして今日行くのやめちゃうの?」


「いや、ごめん……。ちょっと考え事してて……。大丈夫、行くのやめたりしないから。そ、それより着替えは終わったの?」


 変なところを見られてしまった。告白のシュミレーションをしてたとは思われてないだろうけど、気を付けないと。


「うん。水希さんには太鼓判もらったけど、やっぱり心配で……」


 おずおずといった様子で栞が部屋に入ってきた。と同時に俺の時が止まった。


「似合うかな……?」


 紺色の生地に朝顔の模様があしらわれた浴衣に身を包み、恥ずかしそうに頬を染めて、でも俯くことなく背筋はちゃんと伸ばして立つ栞に見惚れた。髪も結い上げられていて普段は髪に隠れている首筋にも、つい目が行ってしまう。


 綺麗だ……。


 語彙力が乏しくて申し訳ないが、それくらいしか言葉が思い浮かばなかった。母さんがこんな浴衣を持っていたことにも驚きではあるが。


「えっと……、そこで黙られると本当に心配になるんだけど……」


「ご、ごめん、見惚れてっ……。いやっ、その。こんなに似合うとは……。えっと綺麗、だよ?」


「そっか。よかった……」


 栞は胸の前で両手をモジモジさせた後でもう一言。


「あ、あのね……、涼にそう言ってもらえるのが一番、嬉しい……」


 さすがの──何がさすがなのかさっぱりわからないけれど──俺も言葉を失った。


 これは勝確というやつなのでは? いや、もう彼女なんじゃ?


 そんな愚かなことを考えてしまった俺を誰が責められるだろうか。だって友達にこんなこと普通は言わないと思うから。


 絡み合う視線、言葉が出ない俺、赤い顔で俺を見つめる栞。なんともいえない沈黙が続く。


 ………………

 …………

 ……


『涼、栞ちゃーん! そろそろ出ましょー! 少し早いけどギリギリだと道が混んじゃうから』


 沈黙を打ち破ったのは母さんだった。そろそろどうしていいのかわからなくなってたから助かった。


「えっと、行こっか?」


「う、うん……」


 部屋を出ようかというところで、栞に手を取られた。


「浴衣で階段、降りにくいから……ちょっと手、かして?」


「う、うん」


 これで俺は完全に浮かれてしまった。


 この時栞が何を考えているかも知らずに……。

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