二章 友達〜両片思い 

第10話 友達なのに

 泣き止んだ黒羽さんはなんというか、人が変わったようだった。


 ずっと口元が笑っている。それまでは何かを我慢するように引き結ばれていることが多かったのに、今は柔らかな弧を描いている。


 角が取れて雰囲気が優しくなった気がする。とっつきやすくなったというか、俺はこっちの方がいいなと思う。


 俺を呼ぶ時、必ず高原君と言うようになった。これまでたびたび使われていた『あなた』という言葉を聞かなくなった。


 あとは口調が変わった。堅苦しくて若干トゲがあったのに、今はまるで普通の女の子のようになった。いや、黒羽さんだって普通に女の子なんだけど。


 とりあえず、話し方がどう変わったのかというとこんな感じだ。


「ねぇ、私達友達になったんだよね?」


「たぶん……?」


「たぶんって何よ。高原君が友達になりたいって言ったくせに」


「ご、ごめん。なんかまだ実感がわかなくて」


「そんなこと言ってると友達やめちゃうよ?」


「それは困る!」


「ならたぶんとか言わないでよ。私まで心配になるじゃん」


「ごめん。気を付ける」


「ん、よろしい。それでね、友達になったんなら連絡先とか交換してみたいなーって思うんだけど、いいかな?」


「お、おぉ。友達だもんね。連絡先くらい交換するよな、普通」


 普通なんてわからないわけだけども。なにせ初めてのことだし。


「なんかまだ硬いなぁ……。まぁ、いっか。ほら、スマホ出して」


「あ、うん」


 それから俺達はお互いの連絡先を登録し合った。


『黒羽 栞』と表示された画面をじっと眺めていると、家族以外で初めて登録された名前に嬉しさが込み上げてきた。


 たった一人。でも俺にとっては特別で大切な……。


 そう思った瞬間、胸がキュッとなった。ドキドキと心臓がうるさくて。


「へへっ……。これからよろしくね、高原君?」


 黒羽さんの笑った顔を見るたび、弾むような声を聞くたびにそれは大きくなっていく。


 初めての感覚だった。戸惑った。だって……。


 友達、のはずだよな……?

 これじゃまるで……。


「──君? ねぇってば。聞いてる?」


「ご、ごめん。なんだった?」


「これからいつでもわからないことがあったら連絡してねって言ったんだけど……。どうしたの? 黙り込んで」


 ダメだ。顔が熱い。黒羽さんの顔がまともに見れない。


「いやっ、なんか……急にキャラ変わったなって思ってただけで……」


 思いっきり誤魔化した。


 だってこんなの言えるわけがない……。

 それにまだはっきりと自覚もできていない。

 でももしこの気持ちがなんなのか自覚してしまったら……、俺はいったいどうすればいいんだろう。


「あー……うん。自覚はあるよ。私、喋り方変だったよね」


「変、とは思わなかったけど……、堅苦しいな、とは思ってた、かな」


「だよね……。ごめんなさい。最初に話しかけた時、緊張してて変になっちゃって……。でも変えるのもおかしいかなと思ったら、ね。友達になれたならもういいかなって……。たぶんこっちが私の素に近いから。もしかして、前の方が良かったりする……?」


 不安げに覗き込まれて、反射的に顔を逸らしてしまった。


「そんなことないけど……。俺としては黒羽さんらしくしててくれたらそれでいいかな。その方が疲れないだろうし」


「私らしく、か……。うん、そっか。わかった、ありがと……」


 なんなんだ、この空気……。

 黒羽さんも顔が真っ赤だし、多分俺も……。


 しばらく二人して黙り込んでいた。




「じゃ、じゃあそろそろ再開──」


 沈黙に耐えかねた黒羽さんが口を開いた途端にチャイムが下校時間を告げた。


 気付けば窓の外はすっかり茜色に染まっていた。


 試験勉強をして、友達になって、黒羽さんが泣いて、泣き止むのを待って、連絡先を交換して。こんだけいろんなことがあったのだ、そりゃ時間もたつわけだ。


「えっと、今日はもう帰ろうか……?」


「そう、だね」


 そう呟く黒羽さんは、どこか名残惜しそうだった。


 それでも校舎内に人がほとんどいないことをいいことに昇降口までは一緒に向かい、そこで別れることに。


 校舎の外には部活終わりの生徒がまだたくさん残っている。教室では一切の関わりを持たない俺達だ。あまり一緒にいるところを人には見られたくなかった。


「じゃあ、また明日」


「うん。またね」


 俺が歩き出したところで制服の裾をキュッと掴まれた。


「? どうかしたの?」


「えっと、あの……、あのね。夜、連絡してもいい、かな?」


 恥ずかしそうに、照れくさそうに、遠慮がちに。


 その時、ザァッと風が吹いた。


 それまで鉄壁を誇っていた黒羽さんの前髪が揺れて、チラリと瞳が覗いた。


 見えたのは一瞬で片目だけだったけど、吸い込まれそうな綺麗な瞳だった。


 ──可愛い……。


 思わず見惚れた。


「やっぱり迷惑かな……?」


「そ、そんなことないよ。待ってる」


 それだけ言って逃げるように駆け出した。


 だってこれ以上一緒にいたら……。

 友達だって思えなくなってしまいそうだから。


 友達になれた初日にこんなこと思うなんて……。俺、おかしいのかな……?


 なのに結局、駅で再会して、同じ電車に乗って、隣同士で座って帰ってきた。


 帰りの方向が同じだったのだ。しかも驚いたことに降りる場所が一駅しか違わないらしい。


 よくこれで今まで同じ電車にならなかったものだ。車両が違えばわからないので今まで気付いてなかっただけなのかもしれないが。


 一度別れを告げたのにまた会ってしまったことが気まずくて、お互いにほとんど黙っていた。それでも隣に来てくれたことがたまらなく嬉しくて。隣りに座っている間、かすかに触れる肩にドキドキした。


 別れ際、二度目の『またね』をどうにか絞り出して電車を降りた。黒羽さんの顔や言葉ばかりが頭に浮かんで、いつの間にか家についていた。


 母さんに熱でもあるのかと心配されたけど、適当に誤魔化した。


 夜、風呂からあがるとスマホにメッセージが届いていた。


(黒羽 栞)『今日は色々ありがとう。帰る方向同じだったんだね。これからは一緒に帰る……? なんてね……。それじゃ、おやすみなさい』


 絵文字の一つもない簡素なものだったけど、その文面を見た瞬間、たまらなくなって悶えた。


 何度も何度も文章を書き直して、どうにか返信した。


(高原 涼)『こちらこそありがとう。俺も一緒に帰れたら嬉しい、かも……。また明日、おやすみ』


 すぐに既読がついて、おかしくなかったか不安になった。お互いに『おやすみ』を言ったことで、それ以降のやり取りはなかったけど、しばらくは画面を見つめ続けた。


 ──やっぱり黒羽さんが好きだ。


 一度は友達という理由で目を逸らそうとしたこの感情。でもここまでくればはっきり自覚するには十分だった。



 ──────────◇──────────


 ようやくそれらしくなってまいりました!

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