第11話 転がりだした心

 ◆黒羽栞◆


 高原君と友達になれた。とても嬉しい。初めて話しかける前にウジウジ考えていたのがバカらしくなるくらいに。


 私みたいな人間を受け入れてくれた高原君に胸が高鳴って……。


 あれ? 友達って話だったよね?


 この胸の高鳴りの正体をすぐに私は知ることになる。




 正直に言おう。私は私があまり好きではない。というか嫌いだ。容姿は特に。の最初の発端の一つにもなっているからだ。


 中学二年の時、私はクラスの女の子達から嫌がらせを受けていた。『ちょっと可愛いからって調子に乗ってる』って。


 私自身は特にそんなことは思っていなかったし、特に鼻にかけたりしてはいなかったけれど、成績も良かった私のことがただ気に入らなかったんだと思う。


 嫌がらせを受けていたと言っても、私に聞こえるように陰口を言ったり、露骨に孤立させようとするくらいなもので、実質的な被害はなかった。最初はバカらしいとすら思っていたの。


 でも、そのせいで……。


 ダメ、これ以上はまだ思い出したくない……。


 とにかく、髪で顔を隠すようにした。二度とあんなことが起こらないように。そうして隠し続けていると、本当に良くないもののような気がしてきて自分の中でもますます嫌悪感が増して。そうしていつしか自分のことが大嫌いになっていた。


 でも高原君は私が私らしくいてくれたらいいと言ってくれたの。自分でも大嫌いな私を高原君は受け入れてくれて。これ以上嫌わなくてもいいんだって思えた。高原君の前にいる自分だけは、ほんの少しだけ好きになれたんだよ。


 そしたら心がスッと軽くなった。


 なったと同時に心臓が暴れ出す。ドキドキする。顔が熱い。高原君の顔が見れない。こんなの初めてだった。


 戸惑いはあったけれど、これが『好き』だという感情だってことにはすぐに気付いた。体験するのは初めてだけど、私がこれまで暇つぶしで読んできた本に幾度も出てきたから。まさに症状は一致している。


 でも『友達』だ。しかもなりたてホヤホヤで。その事実がブレーキを踏ませようとする。


 友達になれただけで申し分ない結果だというのに、それ以上を望むなんて我儘だと私の心は言う。


 でも止めたくない。この気持ちをなかったことにしたくない。私の本能がそう叫ぶ。


 二つの感情がせめぎ合い、中途半端なところでまずは友達としてもっと親密になろうという結論が出た。


 わかってる。こんなの一時しのぎに過ぎないって。どっちの比重が重いかなんて私自身が一番良く知っている。


 帰ろうとする高原君を引き止めて、夜に連絡してもいいかと尋ねた。


 友達ならこれくらいはいいよね?


 そう言い聞かせて。


 高原君は待ってると言ってくれた。


 嬉しい。けど、期待してもいいのかなって勘違いしてしまいそうになる。


 逃げるように去っていった高原君と駅で再会して同じ電車に乗った。


 隣りに座っていると肩が触れて、心臓が壊れるかと思った。


 おかげで高原君と別れた後、いつもの駅を乗り過ごした。


 夜に宣言通りメッセージを送った。


 何度も文面を確認して、送信を押すのを躊躇って、震える手で意を決して送った。


(黒羽 栞)『今日は色々ありがとう。帰る方向同じだったんだね。これからは一緒に帰る……? なんてね……。それじゃ、おやすみなさい』


 おかしくないよね? 友達なら一緒に帰っても変じゃないよね?


 言い訳ばかりだ。たとえ想いを伝えることができたとしても、受け入れてもらえなければ今の関係すら壊れてしまいそうで怖かった。言い訳でもしないと耐えられない。『なんてね……』って冗談半分にしないと自分の望みも伝えられない。


(高原 涼)『こちらこそありがとう。俺も一緒に帰れたら嬉しい、かも……。また明日、おやすみ』


 これはダメだ。本当に欲しい言葉をそのままくれる。高原君は私の心を掴んで離さない。


 私はベッドの上でジタバタと悶えた。何度も返ってきた文章を読み返して。


 言い出したのは私だけど、こんなのずるいよ……。


 私の心は転がりだした。高原君へ向けて。私の想いに押されて、高原君の言葉で加速する。止まらない。止めたくない。止めることができない。


 ブレーキ? そんなのついさっき壊れてしまった。


 もう『友達』なんかじゃいられない。『好き』でもまだ足りない。私の想いは振り切れた。こんなの『大好き』としか言いようがない。


 でもまだだ。失敗は許されない。ここからは慎重なくらいが丁度いい。まずは高原君に私のことを好きになってもらう。


 そのためにできること……。


 距離を詰めて確実に。100%の確信が必要だ。焦るな、考えろ。


 感情にまかせて思考を回す。


 まずは今あるチャンスを利用しよう。とにかく試験で勝つことだ。勝利の報酬を利用する。


 そこで迫ったりはしない。ルールで縛られた関係なんて嫌だから。友達になるために浅はかなことを考えていた打算的な私はもういない。


 真っ直ぐ気持ちを伝えてくれた高原君と同じように、お互いの想いで関係を築きたい。


どうしたらいい? 友達としても通用して、それでいて親密度が増すこと。


………………

…………

……


 そうだ、名前だ……。名前で呼び合うのはどうだろう? きっと今より身近に感じてもらえるんじゃないだろうか。


 試しに心の中で呼んでみる。


『涼君……。涼君……』


 悪くない。というか、すごくいい。けど……。


 まだ足りない。もっと身近な感じがいい。


『涼……』


 クラっとした。甘くて切なくて胸が締めつけられるようだった。


 もっと、もっと呼びたい……。


『涼……。涼、涼、涼……』


 呼ぶたびに私の想いが膨らんでいく。


「涼……」


 最後に口に出してみた。自分の声で耳がジンっと甘く痺れる。ものすごく特別な気がして、私だけのものにしたくなる。


 採用。もうこれ以外考えられない。


 でも私が呼ぶだけじゃバランスが悪い。私だって名前を呼んでほしい。


 名前を呼んでもらうシーンを想像する。優しいあの声で。柔らかく微笑むが口を開いて。


『栞……』


 私の頭は停止した。あまりにも刺激が強すぎた。


 そして、気付いた時には朝だった。


 これはもう少し耐性を付けなくちゃ。あとは何より勝たなくては始まらない。勉強も力は抜けない。


 こんなに充実してるのはいつ以来だろう?

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