第8話 許しは試験の結果次第

 あの日から黒羽さんは毎日図書室にくるようになった。それは俺も同じなんだけど、他の図書委員の姿も見えないので心配になって聞いてみた。


「なぁ? 毎日ここにいるけど、仕事押し付けられてたりしない?」


「あら、私のこと心配してくれるの?」


「そりゃまぁ……、お世話になってるわけだし?」


「そうね。本当に世話が焼けるのよね。できの悪い教え子を持つと苦労するわ」


「悪かったな、できが悪くて……」


「ふふっ、冗談よ。高原君は結構優秀だから安心して。あと仕事の件もね」


「って言うと?」


「私が全部引き受けたのよ。きっとやりたがってる人なんていないし、私は暇だから。それに高原君も私と話ができて嬉しいでしょ?」


 ここ数日はずっとこんな調子だ。教室での仏頂面が嘘のようにニヤニヤしながら俺をからかってくる。嬉しいのは否定しないけど、なんか釈然としない。それに俺にだけ色んな顔を見せてきてドキドキしてしまう。


 なんなんだよ、この感じは……。


 俺が答えに詰まっていると、黒羽さんはニヤリと口元を歪ませた。なんか見透かされてあるみたいで悔しい。


 この数日で俺は黒羽さんの表情の変化がなんとなくわかるようになってきた。今回のことで言えば、俺を動揺させられて嬉しいってところだろう。


「しかし黒羽さんもそういう冗談言うんだな。もっと真面目だと思ってた」


「失礼ね。私だって冗談くらい言うわよ」


 ふふん、と得意げに笑う黒羽さんを見ると、やっぱり悔しくなって。そうなると仕返しがしたくなってくる。


「ふぅん? じゃあ俺も。さっきの答えだけど、俺は黒羽さんと話ができて嬉しいよ」


「なっ……! そんなじょうだ──」


「冗談じゃないよ。本当にそう思ってる」


「へ? えっ?」


 俺の真面目な返しに黒羽さんは目を白黒させて、いるかどうかはわからない(だって相変わらず目は隠れてるんだもの)けど明らかに動揺しているのだけはわかる。だからここで更に追い打ちをかける。


「黒羽さんと話をするのは楽しいよ。なんだかんだで面倒見はいいしさ。優しい人なんだなって思うよ」


「あのあの……、えっと、それってどういう……?」


 俺の言葉に黒羽さんは耳まで真っ赤にして狼狽えている。なんだかちょっと楽しくなってきた。たっぷりと黒羽さんが動揺するのを眺めてから、先程俺がされたようにニヤリと笑ってみせた。


 すると黒羽さんの表情はだんだんと険しくなっていく。


「やっぱり冗談なんじゃない! ひどい! 弄ばれた!」


 少しやりすぎたようで、怒らせてしまった。同じことをしただけなのに理不尽だ……。


「ご、ごめん! いや、あの、仕返しのつもりはあったけど冗談じゃないから!」


「生意気……。高原君のくせに生意気! 私もう誰も信じられない!」


「ごめんって! ちょっと悔しくてやりかえしたくなっちゃって……。そんなに怒ると思わなかったんだよ……」


「本当に悪いと思ってる?」


「思ってる思ってる!」


「じゃあチャンスをあげるわ。今度の試験で私に勝てたら許してあげる」


 今度は俺が動揺する番だった。


 だって黒羽さんは学年トップ。対する俺は前回の中間試験で28位。点差でいうなら20〜30点だったはず。


 補足で説明しておくと、我が校は成績上位30人までが点数とともに掲示板に張り出される。


 これにぎりぎり引っかかっている俺と、トップの黒羽さんでは勝負になりようがない。つまりは許してもらえないということで……。


「ちょっと待って! さすがに俺の分が悪すぎるって!」


「自業自得よ。ちなみに私が勝ったらなんでも言うことを聞いてもらうから」


「そんなぁ……」


 きっぱりと言われて、俺はもう肩をがっくりと落とすしかない。だって許してもらえなければまた振り出しに戻ってしまうということで。そしたらまた一人ぼっちだ。強くなるなんて大見栄きってみたけど、学力なんて一朝一夕に上がるはずもないし。


「もう……。そんなに落ち込まなくても」


「だって許してもらえないし……」


 自分が情けない。ここで『やってやろうじゃないか』なんて言えたら男らしいんだろうけど、結局負けてしまったら同じことだ。


「あーもう、わかったわよ! 許してあげるから!」


「本当?!」


「でも勝負はそのままよ。前回よりも順位を上げること。それが許す最低条件。もし本当に私に勝てたら高原君のお願い聞いてあげる。それでどう?」


 是非もなし。許してもらえるというだけで俺の心は喜びで埋め尽くされて、勢いよく頭を上下に振っていた。譲歩されてしまっているけど、俺のちっぽけなプライドなんかよりも今は大事なことがある。


「その、私も悪かったから……。言いすぎてごめんなさい。そのお詫びに試験まではサポートしてあげる」


「勝負なのにいいの?」


「分が悪いって言ったのは高原君でしょ? いらないって言うなら私はいいのよ?」


「いや! お願いします!」


 断るなんてそんなもったいないことはない。少なくともこれまで教えてもらって、授業内容の理解度は格段に上がっているし、なによりその間はこの関係が継続するってことだから。


「はい、お願いされました。ふふっ、なんか最初もこんなことあったわね?」


「そうだね」


「こっからの授業は厳しくするから覚悟するように、ね?」


 黒羽さんもようやく笑ってくれて一安心。


 なんだけど、冷静に考えたらこんな必死で許しを請わなければならないほど悪いことしたっけ?という疑問がわいてきたりして。


 まぁ、なんかよくわからないけど丸くおさまりそうだからいいか。


 ここからしばらく二人きりの試験勉強会が始まった。


 厳しくする、なんて言っていたのに、結局は今まで通り優しく丁寧に教えてくれたことをここに追記しておく。


 俺にばかり構っていて自分の勉強は大丈夫かという心配はあったけど、そこは黙って甘えておくことにした。

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