第6話 久しぶりの感情
◆黒羽栞◆
なんなのよ、あの人は……!
なんであんな……!
彼の言葉は真っ直ぐ私の心に突き刺さった。必死で隠して、誰からも見えないようにしていた、私の心の一番柔らかいところに。
グルグルと思考が定まらない。そんな頭で、ようやく通い慣れてきた帰り道をフラフラと歩いている。
ここのところ私はずっとおかしい。いや、もっと前からおかしかったけど、今回のはそれとはまた別。傷付くことを恐れていたはずなのに、孤独に耐えられなくなって高原君に近付いた。そしたらなんとなく受け入れてもらえた気がして浮かれていた。
そう、浮かれていたんだ。久しぶりに誰かと話をするのは思ったよりも楽しくて気が緩んでいた。
でも……。
初めは勉強の話だったのに、口をついて出た言葉で我に返ってしまった。思い出してしまった。
私は自分の言葉に動揺した。
一人でも平気だったはずじゃない。そう思い込むことでどうにかここまでやってきたじゃないって。
なのに寂しいってどういうこと? これ以上傷付きたくなかったんじゃないの? あの苦しみを忘れてしまったの?
傷付きたくないのは今だって同じだ。怖いって思ってる。
でも……でもっ!
『本当は誰かと話がしたかったんじゃないの? 他のやつが嫌なら俺だけでもいい。俺ならいくらでも相手してやる』
あの言葉が頭から離れない。
なんでわかるの? もしかしたらわかってくれるかもって打算はあったけど、こんなに早く。話をしたのだって今日で2回目のはずなのに。
自信のなさそうな顔をしてるくせに、友人の一人も作れないくせに!
……違う、彼の本質はそこじゃない。
きっと彼は優しい人なんだ。ただ臆病なだけで。そして私と同じで孤独に悩んでいる。だから私のことを……。
あぁ、私は嬉しかったんだ。
不意に涙が溢れて飛び出してきてしまったけど、あれはきっと嬉し涙だ。この苦しみを、一部とは言え理解してくれたことが嬉しかったんだ。
そう理解した瞬間、私の中で何かが弾け飛んだ。それはきっと押し殺していた感情の
久しぶりのこの感情は私には刺激が強すぎた。あまりに甘美だった。それは私の心を狂わせ、貪欲にしていく。
もっと、もっとって。
彼にもっと近付きたい、彼に私のことを知ってもらいたい、彼にこの心を救って欲しい、それになにより私が彼のことをもっと知りたい。
確信はないけど、きっと彼は私を傷付けない。
だったら、我慢しなくても、いいよね?
気持ちが溢れ出して止まらなくなって、こんなのもう制御なんてできない。
「高原君……」
無意識に名前を口にしていた。
そうだ、謝らなくちゃ。全てはそれからだ。
***
そこから私はすぐに行動を開始した。翌日、いつもより少し早く登校して図書室へ向かい、図書委員の当番表を書き換えた。翌週からの当番を全て私の名前にしておいた。
『放課後、暇なので私が全て引き受けます 黒羽』
そんな書き置きを残して。
どうせ誰もやりたがらない仕事だし構わないだろう。それに私の話は学年中に広まっているらしいから、何か言ってくる人なんてきっといない。
これでとりあえずの準備はできた。月曜日の放課後に高原君と話をするって決めた。これまでと同じ曜日だと、私を避けて彼が来ないかもしれないから。
週末は何も手につかなかった。部屋に引きこもって、ただただ高原君の顔と言葉ばかり思い浮かべていた。
月曜日が待ち遠しかった。いつもなら月曜日なんて永遠に来なければいいと思っていたのに。
日曜日の夜、遠足の前日の小学生のようになかなか寝付けなかった。それなのに朝は目覚ましがなる前に目が覚めて。朝食をとって、身支度を整え終わってもいつもより1時間は早い。でも、もう居ても立っても居られずに登校することにした。
「えっ? 栞? もう出るの?」
玄関でお母さんに声をかけられたけど、無視してそのまま飛び出した。
早く登校したところで、やることなんてないわけで。教室にいても居心地が悪くて、図書室で時間を潰すことにした。
放課後と同じで早朝の図書室も無人だった。静かで、古い本の匂いがして、私は結構この空間が好きだった。でも今は物足りない。大事なピースが欠けているから。
これまでに二度、高原君と言葉を交わした席に座ると、少しだけ怖くなってきた。
今日、彼はここに来てくれるだろうか?
謝って、許してもらえるだろうか?
いろんな不安が湧き上がってくるけど、今日の私はそれに負けるつもりはない。頭を振って不安を払って、それから目を閉じて心を落ち着ける。
きっと大丈夫……。大丈夫だから……。
祈るように、自分に言い聞かせるように。始業ギリギリまで私はそうしていた。
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