第23話 特別な友達とざわつき

 新学期が始まって1週間が過ぎた。

 僕たちが教室内で一緒に話す光景もクラス内で見慣れた光景になってきたのか、周囲から奇異の視線を向けられることも減ってきていた。

 その代わり僕たちと普通に話している柊木さんを見て、たまにではあるが一部男子生徒から話しかけられることが増えてしまった。

 話しかけられた場合には、柊木さんが出来る限り頑張ってみたいと言っていたので基本的に見守るのだが、男子生徒側が急激に距離を詰めたり、柊木さんが話せなくなっていたり、困っている場合には間に入って止めるようにしている。

 今のところ大きな問題も出ていないので、このグループ行動も順調だと言える。

 5人の仲もだいぶ良くなってきて、今も学校帰りにファミレスで雑談をしているところだ。

 ちなみに成人は部活で遅れて来るそうだ。

 

「それにしても、しおりんだいぶ男子と話せるようになってきたよねぇ」

「栞、無理してない?」

「だ、大丈夫だよ。少しずつだけど、話してみれば意外と平気だって思えるようになってきたんだ」

「でも、無理はしないでね。僕らもできる限りフォローするつもりだけど」

「うん、ありがとう」


 そんな話をしていると、店員さんが注文したものを手にこちらへ来ているのが見える。


「お待たせしました。こちらフライドポテトとコーンスープになります。残りのご注文のものはすぐお持ち致しますので、もう少々お待ちください」

「ありがとうございます」


 料理を置いてから、店員さんはまた奥の方へと戻っていった。


「それにしても笹原、アンタこんな時間からガッツリ食べるつもり?」

「うん。少し早いとは思うけど、せっかくファミレスに入ったしお腹も空いてるから食べちゃおうと思って」

「笹原君、お昼ちゃんと食べてたよね?」

「もちろん食べたよ。食堂でかつ丼大盛を」

「拓道、その見た目で地味に大食いだよね」

「大食いではないだろ。男子ならこれくらい普通だよ」


 確かに男子の中では小柄ではあるし、体も細い。

 だからといって食べる量が少ないわけでもなく、むしろ小さい頃からたくさん食べれば大きくなれると言われて育ったので、それなりに食べられるというだけなのだ。

 残念ながら結果は実らず、身長も男子の平均を下回り、身体も細いままだ。


「それだけ食べて、かつ不規則な生活をしているのに太らないの普通に羨ましいよ」

「言われてみれば、笹原君とご飯食べてるときも美味しそうにたくさん食べるなぁって思ってた」

「実際華さんの料理はすごい美味しかったし、一緒に出掛けた時に食べたところも美味しかったからね」

「てか、栞のお母さんは名前で呼んでるんだな」

「ま、まあ・・・」

「そう!名前!」

「うおっ!びっくりした」


 突然桜の出した大きな声に、ちょうど遅れてやってきた成人がびっくりして少し仰け反った。


「あ、ナル」

「お、おう。遅れてわりぃ」


 そういって成人は桜の隣に座ると、ちょうど店員さんが残りの注文した料理を運んできてくれた。


「お待たせしました。イタリアンハンバーグとラージライスになります」

「あ、僕です」


 手を挙げて自分の頼んだものだと教える。

 すると店員さんも笑顔で「ありがとうございます」と言って料理を僕の前においてくれた。


「あ、すんません。俺もコイツと同じものをお願いします。ライスもラージで」

「かしこまりました」


 店員さんはそういうと、注文をメモしてからお辞儀して奥の方へと戻っていく。


「アンタも食うんかい」

「部活で動いて腹減ったしな。それよりさっき何の話してたんだ?」

「あ、そうそう。私たちの一部名前で呼び合ってないなって思って」

「そうだね。ナルも僕も永沢さんと柊木さんの二人とは苗字、永沢さんも桜とナルと僕は苗字だね」

「私たちも友達になって、こうして集まるようにもなったんだしそろそろ全員名前で呼び合ってもいいんじゃないかなって思うんだけど、どうかな?」

「俺は構わないぞ。仲良くなったって実感できていいと思うしな」

「僕も賛成かな」


 確かに下の名前で呼び合うのも、特別感があっていいと思う。

 実際桜と成人も名前で呼んでいるのは、二人は僕にとって特別な友達だという意味合いもある。

 柊木さんたちともそういった関係になれればいいなと僕も思う。


「名前ねぇ・・・栞はともかくアタシは南と戸田とは最近絡むようになっただけだけど」

「まあまあそう言わずに~。いっちゃんもほら名前で」

「い、いっちゃん!?おまっ!変なあだ名付けるな!」

「えぇ~、可愛いと思うんだけどな~」


 桜によって付けられた突然の愛称に照れ隠しなのか、顔を赤くしながら声を荒げる永沢さんを楽しそうにからかう桜のやり取りに、僕たちは苦笑を浮かべる。

 

「ちょっと、成人!アンタの彼女どうにかしろ!」

「悪い、耐えてくれ。俺には止められない」

「ちゃっかり名前で呼んでるね」


 渋っていた割にはさらっと名前で呼んでいる永沢さんも、実はまんざらでもないのだろう。


「拓道!他人事みたいに言ってるけど、アンタも名前で呼ぶんだぞ!」

「わかってますとも樹木さんや」

「アンタちょっと殴っていい?」

「まあまあ、いっちゃんも落ち着きなされ」

「誰のせいだと思ってる」

「でも私も、いっちゃんって可愛いと思うよ?私も呼びたいな」

「し、栞まで・・・」

「受け入れたほうが楽になれるぞ」

「・・・はぁぁぁぁ」


 諦めろと成人に言われ、バカでかいため息をつく樹木。


「お、お客様・・・ご注文の品をお持ちしました・・・」

「あ、すみません。俺です」


 僕らが盛り上がっていたのを気遣ってか、タイミングを見計らって声をかけてくれたようだ。

 店員さんに申し訳ないことをした。


「では、ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」

「はい」

「では、こちらに伝票をお入れします。失礼いたします」


 伝票を置いて店員さんは戻っていった。


「まったく・・・てか拓道、いつの間に食い終わってたんだ?」

「みんなが騒いでいる間に黙々と食べ続けていたよ」

「口数が少ないと思っていたら、ちゃんと食べてたんだね」

「料理冷めちゃうからね」

「マイペースな奴」


 料理が冷めないうちに食べていただけなのに、何故か樹木に呆れられる始末。

 僕悪くないはずなんだけどな。


「ふふっ・・・」

「どうしたの?」

「ううん・・・楽しいなって。・・・これからもよろしくね?拓道君」

「うん・・・よろしく、栞」


 はにかみながら初めて呼ばれた下の名前に、なんだか少し照れくさくなって顔が熱くなるのを感じた。

 それに妙に心がざわつく。

 

「・・・飲み物取ってくる」

「あ、ついでに私のもお願い。オレンジジュースで」

「まったく・・・」


 ついでにと桜から渡されたグラスを受け取り、逃げるように一人で席を立つ。

 妙にざわつく火照った心を冷やすために、グラスにたくさんの氷を入れてドリンクバーのマシンのコーラのボタンを押す。

 

「・・・まあ、時期に慣れるだろ」


 先ほど感じた胸のざわつきは、きっと初めて名前を呼ばれたことに慣れていないせいだと勝手に結論付ける。

 いずれ慣れれば、ざわつくこともなくなるだろう。

 そんな下手な誤魔化して、みんなが待つテーブルにドリンクを持って戻るのだった――。

 

 

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