第17話 心強い味方

「い、樹木ちゃん・・・」


 声をかけてきたのは、同じクラスの永沢さんだった。

 成人にもらった案を採用して、ニット帽などで遠目から見ても誰かはわかりにくくはしていたものの、やはり近くで見れば、親しい友達にはわかってしまう。

 永沢さんは柊木さんと特に仲が良く、一緒にいることも多いので、こんな変装程度では誤魔化せなかったらしい。


「栞、なんで男と一緒にいるの?」

「え、えっと・・・これは・・・その」


 直球になぜ男子といるのかを聞かれ、慌てる柊木さん。

 永沢さんは、ギャルのような見た目をした金髪ロングに、気の強い性格の女の子だ。

 仲のいい友達には、言葉が強いところはあるものの優しく接し、そうでないものは睨みつけながら威嚇するような態度を取る。

 特に男子相手には警戒心が強い。

 おそらくではあるが、男子が苦手な柊木さんを思っての行動だろう。

 柊木さんに対して、かなり過保護なのだ。

 現に今も、僕のことをすごい顔で睨みつけている。

 ふと、永沢さんが何かに気づいたような表情になり、口を開いた。


「アンタ・・・同じクラスの笹原?」

「・・・ご名答」


 ・・・驚いた。話したことはなかったし、僕のことはニット帽とマフラーで顔を半分近く隠していたので分からないと思っていたが、そんなことはなかったようだ。


「よくわかったね。僕だって」

「はぁ?同じクラスだし、わからないわけないでしょ?ていうかなんでアンタが栞と一緒にいるわけ?」


 先ほど柊木さんにもした内容と同じ質問を投げかけてきた。

 もちろん柊木さんの時よりも当たりが強い。

 正直、永沢さんのことは少し苦手だった。

 失礼かもしれないが、近寄りがたい性格をしていると思う。


「アンタ今失礼なこと考えたな?殴られたい?」

「・・・滅相もない」

「視線逸らすな!やっぱ一発・・・」

「樹木ちゃん暴力はダメだよ!あ、あと周りの迷惑になるから・・・!」


 今にも殴りかかりそうなほど怒っている永沢さんを、柊木さんが必死に止めて宥めている。

 もしかして世の女子には、男子の思考を読む能力でも与えられているのだろうか。

 もしかすると、僕がわかりやすいだけかもしれない。

 成人や桜にも、今度聞いておこう。


「とりあえず、どこか座れる場所に入らない?ここだと落ち着いて話もできないし」

「・・・それでいい。ちゃんと説明してもらうから」

「う、うん」


 なんとか落ち着いてくれたところで、三人で移動する。

 ひとまず、ショッピングモール内にファミレスがあったので、そこに入ることにした。



「・・・で?二人はどんな関係?つーかいつから?」


 ファミレスに入ってドリンクバーとフライドポテトなどの軽くつまめるものを注文した後、改めて永沢さんが質問してきた。


「えっと・・・僕と柊木さんは友達で、仲良くなったのは10月くらいからかな」

「うん。ケガしたところを助けてもらって・・・それで、私から友達になろうって話したの」

「ふ~ん・・・。栞はたしか男ダメなんじゃなかったっけ?どうして笹原と友達?」

「えっと・・・笹原君とは、話をしてるうちに・・・不思議と平気になったというか・・・」

「つまり、笹原を男と思ってないから平気なわけだ」

「へっ?」

「・・・」


 永沢さんの言葉に僕は心にダメージを負い、柊木さんはフリーズしてしまった。

 確かに他の男子はダメなのに、僕だけ平気なのはなんでか考えたことはあったけど、柊木さんが慣れてくれていたものとばかり思っていたのだが、まさか男子だと思われていないからなのだろうか・・・。

 もしそうなら、柊木さんと話ができる唯一の男子だと密かに優越感に浸っていた自分が馬鹿みたいではないか。

 ・・・いや馬鹿だな、うん。


「・・・男らしくなれるように・・・頑張るから」

「男の子だと思ってないわけじゃないよ!?」


 だんだん白くなっていく僕を、柊木さんはなんとか励まそうとしてくれている。

 いままで引きこもりがちだったが、これを機に少し筋トレか運動でもしようと心の中で決意する。

 その後、友達になった詳しい経緯や柊木さんが男子苦手を克服しようとしていること、学校ではこのことを隠していることを説明した。

 

「まあ、アンタら二人が友達なのは分かったし、それについてアタシからどうこう言うつもりないけど」

「意外だ・・・」

「どういう意味だし」

「いや、永沢さんって結構男子を威嚇してるから、僕のことも例外じゃないと思ってただけだよ」

「栞がいいならそれにアタシが何か言うのは違うでしょ。アンタが下心で栞に近づいているなら別だけど?」

「ないです」

「よろしい」


 なんとか永沢さんの納得は得られたようで一安心だ。

 だがなぜだろうか・・・柊木さんが少し不機嫌なのか、小さく頬を膨らませているように見える。

 なにか言ってしまったのだろうか?


「柊木さん?どうしたの?」

「・・・なんでもない」

「そう・・・?ならいいけど」

「あー・・・そういう・・・」


 僕らの様子を見ていた永沢さんが、何かを察したようだ。

 なんだか少しだけ生暖かい視線を向けられている気がする。

 僕、何かしただろうか?

 柊木さんは少し不満げにしながらフライドポテトを摘まみ始めた。


「笹原・・・鈍い」

「へっ?何の話?」

「なんでもないよバーカ」


 挙句の果てには永沢さんに呆れられながらバカと言われてしまい始末。

 結局、柊木さんがフライドポテトを食べ終わるまで、自分が何をしたのか分からないままだった・・・。



「ところでアンタらは学校で友達だってことは内緒なんでしょ?」

「まあ、うん」

「けど、それいつまで続けるつもり?」

「・・・」


 たしかにいまはこれでいいのかもしれないけど、いずれ限界が来る。

 

「学校の教室で栞と笹原が普通に話してたら、周りから注目されたり、変な噂が立って面倒なことになるかもしれない。栞に他の男子とかから声をかけられて、精神的な負荷になるかもしれないことも理解できる」

「うん」

「けど、栞が苦手を克服したいと思ってるってことは、いずれそういう状況を覚悟しないといけないでしょ?」

「・・・うん。そうだね」

「それで、アンタらは何か考えてんの?」

「「・・・・・・」」


 僕と柊木さんは無言だった。

 問題を先延ばしにして、自分たちの仲を深めることに集中することを言い訳にして逃げていたので、返すことができなかった。


「はぁ~・・・」


 永沢さんが額に手を当てながら、ため息をつく。

 呆れられている。


「・・・それじゃアタシから提案。二人だけで話してたら周りから変に思われるかもしれない。だったら笹原を入れた新しいグループ作って、その中で話すればいいんじゃない?」

「新しいグループ?」

「栞、最近戸田と仲良くなったでしょ。そして、笹原も戸田と仲がいい。これは合ってる?」

「うん。私と桜ちゃんが仲良くなったきっかけも、実は笹原君なんだ」

「えっ、そうなの?」

「うん」


 それは初耳だった。

 ランニングでたまたま一緒になって、そこから仲良くなったものとばかり思っていた。


「それなら、戸田も入れたメンバーで学校内で話すようにすればいいでしょ。笹原も戸田と仲が良くて、その流れで一緒のグループになったってことにすれば自然じゃん」

「なるほど・・・」


 グループを作るなんて思いつきもしなかった。

 たしかに、それならあまり不自然ではない形で柊木さんと学校で接することもできる。

 仮に他の生徒たちからちょっかいを出されそうになっても、グループであれば守ることもできる。

 

「まあ、笹原が男一人女子グループに混ざってたら、男子生徒からいろいろ攻撃されるかもだけど」

「あ~・・・まあ、それはなんとか耐えれば」

「だ、ダメだよ。笹原君だけ変な目で見られるなんて・・・」

「ん~・・・それなら、ナル・・・えっと、隣のクラスの南成人ってやつも巻き込めば男子二人、女子三人になるけど・・・柊木さんたちが大丈夫かどうか」

「南って戸田の彼氏だっけ?サッカー部の。アタシは別にいいけど」

「わ、私も・・・話したことないけど、たぶん大丈夫」


 少しだけ不安になりながらも、OKしてくれた。

 そしたらさっそく今度、桜と成人にも事情を説明して協力してもらおう。

 きっと、快諾してくれるはずだ。


「それじゃ、新学期からよろしく」

「あ、うん。こちらこそ・・・って同じクラスなのにこの挨拶変じゃない?」

「アンタがクラスの奴らと絡みなさすぎだし」

「でも、永沢さんが怖いのかいけな・・・」

「あっ?」

「ごめんなさいなんでもないです」


 やっぱり怖いこの人・・・。

 でも、今日話をしてわかったけど、見かけによらず優しい人だとは思う。

 

「なんか、二人とももう、すでに仲良しだね」

「仲がいいかどうかわからないけど」


 柊木さんが、また少しムッとしている。

 

「とりあえず、アタシはこれで帰るわ。アンタらの邪魔したみたいだし。笹原、連絡先教えて」

「あぁ、うん。わかった」


 永沢さんと連絡先を交換する。

 今後のことについての連絡事項とか相談用だろう。

 その後、僕らはファミレスを出て、ショッピングモールの一階の入り口で解散することにした。



「それじゃ、また。よいお年を」

「うん。樹木ちゃんも良いお年を」

「よいお年を、永沢さん」


 そうして手をひらひら振りながら永沢さんは帰って行った。

 新学期から僕らの周囲の環境がガラッと変わることになるので、それ相応に大変かもしれないけど、どこか楽しみにしている自分がいる。

 


「さて、これからどうしようか。今17時前くらいだけど、予定通りゲーセンに行く?」

「う~ん・・・今日はこのまま帰ろう?」

「まあ、時間もギリギリだし、もう日も落ちて暗いしね」


 冬なので日が落ちるのもだいぶ早くなって、辺りはもうほんのり薄暗くなっていた。

 このまま帰るのが一番いいだろう。


「それじゃあ、行こっか」

「うん」


 そうして二人で駅に向かって歩く。

 今日は本当に楽しかったし、いい一日になった。

 いろんな柊木さんを見られたし、服も買えたし、新しい小説も買えた。

 そして、永沢さんにはバレてしまったけれど、結果的には心強い味方もできて、よかった。

 柊木さんも同じように、今日一日楽しかったと感じていればいいなと思いながら、日が沈み切りそうな夜空の下を二人で歩いていった――。

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