第13話 柊木家とクリスマス 前編
昨日のクリスマスイブは成人たち三人との軽いパーティーを楽しみ、今日のクリスマスには柊木家で夕飯を食べる予定だ。
一人暮らしを始めたばかりの頃には想像もしていなかったほど、充実した日々を送っている。
そして、柊木さんとも友達になってからは特に充実しているのだが、少し問題があった。
友達になってから、すでに一か月以上経つというのに、友達らしいことをあまりできていないのだ。
僕自身、柊木さんともっと仲を深めたいのだが、いろいろ不安が脳裏をよぎって踏み出せずにいた。
でも、今のままでは何も始まらないので、今日は『柊木さんを遊びに誘うぞ』と決めていた。
周りから見れば、友達なら遊びに誘うなんて普通のことだと笑うかもしれないけど、これは僕にとっては大きな挑戦だ。
柊木さんはもっと勇気を出して、『友達になってほしい』と僕に伝えたはずだ。
ならば僕自身も、踏み込む勇気は出すべきだ。
「そろそろ行かないと」
部屋の時計を確認すると、時刻は16時30分くらい。
約束の時間は18時だが、寄るところがあるので少し早めに出かける必要があるのだ。
すでにある程度の身支度は済ませていたので、コートを羽織って、昨日成人からもらったニット帽とマフラーを身に着け、プレゼントの入った袋を持って家を出た。
家を出て、徒歩で20分ほどで、駅前にある目的のお店に到着した。
そのお店の行列に並ぶことさらに20分程で、予約していた”モノ”を無事に受け取り、柊木家へと向かった。
現在時刻は17時12分。
柊木家まではだいたい40分かからないくらいで、雪も幸い振っていないので、約束の時間に間に合うだろう。
柊木家にお邪魔するのはこれで二回目になるが、前回に比べれて緊張はあまりしていない。
今回はお邪魔することよりも、柊木さんを遊びに誘うことのほうが緊張しているからだ。
今更ながら嫌がられたらどうしよう、とか弱気な考えが脳裏をよぎるが、先延ばしにしても仕方がないので、柊木家に着くまでに覚悟を決めていくことにする。
歩いて35分ほどで、無事柊木家の前に到着した。
約束の時間の10分前なので、ちょうどいい時間だ。
インターホンを押してしばらくすると、『は~い』と女性の声が聞こえてきた。
華さんの声だった。
「こんばんは、笹原です。」
「いま栞に開けさせるから、少し待ってね」
そうしてすぐ、玄関の扉が開いて、柊木さんが顔をひょっこりと出してきた。
「いらっしゃい。笹原君」
「こんばんは、柊木さん。お邪魔します」
そういって、家の中に入る。
前までは話をするときにぎこちなさを感じていたが、いまはだいぶ普通に話せるようになってきていると思う。
基本的にはメッセージでやりとりをしたり、たまに通話をしたこともあって、段々慣れてきたのだろうか。
少し嬉しくて、頬が緩む。
靴を脱いで、揃えて置いてから、リビングへと案内される。
リビングに入ると、暖房が効いているのか暖かい。
台所にいる華さんに一声挨拶をして、一度荷物を置かせてもらってからコートを脱いで、身に着けていたニット帽とマフラーを外した。
「・・・?」
柊木さんが、僕の持ってきた紙袋を凝視している。
「・・・どうしたの?」
「・・・あ、ううん。ちょっとその紙袋が何か気になっちゃって」
「あー、これはクリスマス限定販売のロールケーキだよ。誘ってもらって、ご馳走になるだけっていうのもなんだし、せっかくのクリスマスだから持ってきたんだ」
「クリスマス限定のロールケーキ・・・!」
柊木さんの顔がぱぁっと嬉しそうにキラキラし出した。
こういった甘いものが好きだと言っていたし、喜んでくれたようなので、買ってきてよかった。
念のため、冷蔵庫に入れさせてもらおう。
保冷剤があるとはいえ、暖房の効いたところに置きっぱなしにするわけにもいかない。
「少し、冷蔵庫に入れさせてもらえないかな」
「あ、うん。多分大丈夫だよ。お母さんに渡してくるね」
「ありがとう。お願い」
柊木さんにロールケーキが入った紙袋を渡すと、華さんのいる台所に持って行ってくれた。
立っていても仕方がないので、テーブルの前回来た時に座った場所と同じところに腰を掛ける。
少しして、華さんと一緒に柊木さんが台所から戻ってきた。
「改めて、よく来たわね、笹原君。寒かったでしょう?それに、ロールケーキもありがとう。夕飯の後、みんなでいただきましょうね」
「はい、喜んでもらえたならよかったです」
「もうじき敦さんも帰ってくるし、こっちの準備も終わるから、もう少し栞と待っていてちょうだい」
「わかりました」
そう言うと、華さんはまた台所へ戻って行った。
柊木さんは、前回と同じところの僕の隣の席に座った。
「そういえば、敦さんは仕事?」
「うん。もう会社出て、帰ってきてるみたい」
「クリスマスの日まで仕事って大変だ」
「そうだね」
クリスマスという特別な日まで仕事に行かなくてはいけないとは、やはり大人は大変だな、と同時に、すごい、と改めて思う。
将来自分も大人になって、仕事をしていくことになるだろうけど、やっていける自信は正直ない。
もちろん先のことなど分からないし、自分が何をしたいのかは決まっていないので、今考えても仕方がないことなのだが・・・。
それよりも今の話だ。
ちょうど今柊木さんと二人きりだし、あの話を切り出すにはちょうどいい。
「あの、柊木さん。よかったらなんだけど・・・」
ガチャッ・・・。
「!?」
扉の開く音が聞こえ、そっちの方を見ると、敦さんが帰ってきていた。
スーツの上にコートを羽織って、両手にはなにやら大きめの袋を持っている。
「お、おかえり、お父さん」
「ただいま。それと、いらっしゃい笹原君」
「お、お邪魔してます、敦さん。お仕事お疲れ様です」
「栞、これ母さんに渡しておいてくれ。私は着替えてくるよ」
「あ、うん。わかった」
柊木さんは席を立って、敦さんから預かった袋を持って、また台所へ向かった。
ラノベとかでもよくあるお約束の展開で、結局話すことができなかった。
タイミング悪く帰ってきた敦さんに文句を言うのは気が引けたので、代わりにラブコメの神様に心の中で文句を言っておくことにした――。
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