第9話 ハロウィン

 学校行事であるマラソンを終え、一度帰宅して荷物を置いてから、夕飯とお菓子を買うためにスーパーへ向かった。

 学校から帰る直前に桜と成人と、来週の火曜日のハロウィンにお菓子持って集まろうという話になったので、夕飯や飲み物と一緒に買いに来たのだ。

 時刻は14時前。

 このスーパーのタイムセールにはまだ早い時間の為、店内はそれほどお客さんがいない。

 学校から帰る時間だと、スーパーは安くなった品物を求めて戦う主婦の戦場と化すため、普段はコンビニを利用している。

 ハロウィンの装飾があちこちされているスーパー内を回りながら、二人に渡す用のクッキーや自分用にポテチ、お惣菜などを買い物かごに入れていく。


「こんなもんで大丈夫かな」


 ひと通り必要なものを見終わり、改めて買い物かごを確認して、足りないものがないかを確認する。


「・・・そうだ。柊木さんにもお菓子用意しようかな」


 買い物かごの中には、桜と成人の分のお菓子しか入れていなかった。

 柊木さんとも友達になったので、二人に渡すなら同じく友達である彼女にも渡したい。

 メッセージでちょくちょくやり取りをするようになったものの、あまり一緒に遊んだりというのが出来ていない。

 やはり、きっかけがないと誘うのもなかなか難しいのだ。

 なので、こういった小さなことを積み重ねていくことも重要だと思う。

 それに、マラソンで応援してくれたことのお礼も改めてしたいし。



 お菓子が置いてあるコーナーに戻り、柊木さんに渡す為のお菓子を選んでいると、後ろから声を掛けられた。


「・・・あら?笹原君?」

「えっ?」


 振り返ると、食材などが大量に入った買い物かごを持った華さんが立っていた。

 

「こんなところで会うなんて奇遇ね。笹原君もお買い物?」

「はい。お菓子と夕飯用のお惣菜とか買いに」

「お菓子?ハロウィン用のお菓子かしら」

「そうです」

「ふふっ。私もよ。敦さんも栞も甘いものが好きだから、ハロウィンのときはいつも用意しているから」

「そうなんですね」


 柊木さんが甘いもの好きなのは予想していたが、華さんが言うには、それは間違いなかったようだ。

 せっかくなので、柊木さんの好きなお菓子を聞いてみることにした。


「ちなみに柊木さんの好きなお菓子って何ですか?」

「ん~、チョコレート系のお菓子をよく食べているかしら。こういうチョコブラウニーとか」

「なるほど・・・」


 コーナー内にあったお菓子を指して、華さんが答える

 チョコブラウニーか。

 ブラウニーなら学校に持っていっても溶ける心配はしなくていいし、それでいいかもしれない。

 やはり、知っている人に聞くのが一番いいのだ。


「・・・もしかして、栞にも渡すの?」

「ま、まあ・・・友達ですから」

「ふふっ。あの子も喜ぶわ」

「・・・だといいですけど」


 喜んでくれたら嬉しいけど、やはり男子からなにかをもらったりするのは引かれないか若干心配である。

 友達とはいえ、付き合いが浅い男子からの送りものは、女子からしたら、男子が苦手じゃなくても嫌なのではないか。

 仮に超絶イケメン男子からなら喜ぶのかもしれないが、残念ながらクラス内では比較的地味な部類に入る。

 もし柊木さんに受け取り拒否されたら、軽く寝込みそうなくらいショックを受けそうだ。


「さて、私は必要なものは揃ったからレジへ向かうけど、笹原君はどうするの?」

「あ、はい。僕も終わったのでレジに行こうかと」

「そう。それじゃあ行きましょうか」

「はい」


 チョコブラウニーを一つ取り、買い物かごに入れてから華さんと一緒にレジへ向かい、お会計を済ませる。

 同じくらいのタイミングで華さんもお会計を終えて、持参したエコバッグに食材を詰めている。

 一応自分の購入したものは有料のレジ袋に入れ終わったのだが、華さんは量が多いので、少し時間掛かるだろう。

 一緒に来たわけではないものの、途中から一緒に行動をしたためか、なんとなくこの場を離れづらくて、華さんを待つことにした。

 少しして、食材をエコバッグに詰め終えた華さんがこちらへ来た。

 

「待たせちゃったかしら」

「いえ、全然」

「それにしても、待っててくれるなんて。笹原君は律儀ね」

「なんとなく、そのまま帰るのもどうかと思って・・・」

「ふふっ」


 華さんに軽く笑われながらスーパーを出る。

 そういえば華さんは何で来たのだろうか。

 以前お会いしたときも買い物帰りだったようだが、車に乗った様子はなかった。

 今回の買い物の量的に歩いて帰るのは、家まで遠くないにしろ大変ではないか。

 そう思っていると、華さんは服のポケットから車のキーを取り出した。

 どうやら車で来たようだ。


「よかったら送っていくわ」

「い、いや!さすがに悪いですよ」

「いいのよ遠慮しなくて。それに、今日はマラソンだったんでしょう?」

「うっ」


 たしかにマラソンで走ったおかげで足は筋肉痛だ。

 普段運動していないせいなので、自業自得なのだが。

 なので、送ってくれるというのは非常にありがたいお話だ。

 申し訳なさが残るが、あまり断るのも失礼になるかもしれない。

 ここは言葉に甘えるべきだろう。


「それじゃあ・・・お願いします」

「それじゃあ、行きましょうか」


 華さんに促されるまま助手席へ座り、華さんも後部座席に食材の入ったエコバッグを置いてから運転席へ座った。

 


 華さんに道案内をしつつ、車に揺られること5分。

 僕の住んでいるマンションの前に到着した。


「ここが笹原君の住んでいるマンションね。意外と近くに住んでいるのね」

「僕も最初はびっくりしました」


 華さんはお互い自分たちの家同士が近いことに驚いている。

 柊木さんを送った時も同じことを思った。

 というのも、柊木さんとは学校以外で見かけた覚えがないので、近くに住んでいるとは思っていなかったのだ。


「そうだ。ねえ、笹原君、まだ先の話になるけれど、クリスマスってなにか予定あるかしら?」

「ク、クリスマスですか?今のところ特に予定はない・・・ですけど」

「ご家族の方はたしか海外にいらっしゃるのよね?」

「はい、そうですけど・・・」

 

 突然華さんからまだ1か月以上先のクリスマスの予定について聞かれて戸惑ってしまった。

 一緒に過ごす恋人もいなければ、父は海外で、戻ってくるとは聞いていない。

 他にも親戚はいるが、特に連絡を取り合っているわけでもないので、現状特別な予定はない。

 もしかしたら桜と成人となにかやる可能性があるが、あの二人も恋人同士二人きりで過ごしたいだろう。


「それなら、クリスマスはウチに夕飯を食べに来ない?」

「えっ?」


 華さんからクリスマスに柊木家へ招待されてしまった。

 とりあえず、お誘いの理由だけでも聞いておかなければ。

 

「あの、どうして突然?それにご家族の中に僕が入っていくのも・・・」

「せっかくのクリスマスに一人でいるのもなんだか寂しいでしょう。それに私もいろいろお話がしたいわ」

「な、なるほど・・・少し考えさせてください」

「えぇ、大丈夫よ。あ、連絡先交換しておきましょうか」

「わ、わかりました」


 お互い連絡先の交換をした。

 まさか友達のお母さんの連絡先が自分のスマホに登録されることになるとは・・・。

 

「それじゃあ、返事はまた決まったら連絡してちょうだい。もちろん他のことでもなにかあれば、遠慮なく連絡してね」

「あ、ありがとうございます」


 とりあえず返事は後日でよさそうなので、そこはひとまず安心だ。

 あまり車を長く止めるのも近所迷惑になるし、華さんもいつまでもここにいるわけにもいかないので、シートベルトを外して車から降りる。


「返事はまた後日。今日は送っていただいて、ありがとうございました」

「どういたしまして。あ、そうだわ」


 華さんが突然何か思い出したかのように後部座席に置いたエコバッグの中を漁り始めた。

 そしてすぐにこちらに向き直ると、取り出したものを僕に渡した。


「はい、これ。ハロウィンにはまだちょっと早いけれど」

「あ、ありがとうございます」


 渡されたのは、板チョコだった。

 ハロウィンが近いからお菓子を渡しておこうということだろう。


「それじゃあ、またね。笹原君」

「はい、また」


 そうして、華さんは帰って行った。

 とりあえず、今日はもう疲れてしまったので、家に入ったら軽く横になるとしよう・・・。




 

 そして迎えた火曜日のハロウィン当日。

 昼休みに成人が僕と桜のクラスに来たので、予定通り軽いお菓子パを始めた。


「トリック・オア・トリート~!お菓子くれなきゃ奢らせるぞ☆」

「そこは悪戯にしてくれ」


 元気にとんでもないことを言う桜に呆れつつ、悪戯もされたくないし、奢りたくもないのでお菓子を渡しておく。

 クラスの中もすっかりハロウィンムードで、お菓子の交換をしたりしている。

 さすがに仮装をしている生徒はいないが、教室中に甘い匂いが漂っていた。


「そういや、タク。お前親父さん、今海外だっけ?」

「そうだよ。たしかいまは南米のほうにいるのだとか」

「すごいよね~。でも、寂しくないの?」

「まあ、寂しくないわけじゃないけど、もう慣れたし。それに一人だと気楽だし」

「まあ、寂しくなったら呼べよ。なんなら、クリスマスとか集まるか?」

「いいね。どう?拓道」

「んー・・・」


 まだ返事は返せていないが、クリスマスは華さんからのお誘いもある。

 それにこの二人に気を遣わせて、クリスマスに二人でいられる時間を取るのも気が引ける。


「クリスマスは二人きりでデートとかしたいでしょ?」

「まあ、元々そうしようかと思っていたんだが、せっかくタクがこっち戻ってきたんだ。友達と一緒に過ごすのもいいだろ」

「そうそう。変に気を遣わなくていいから」

「そうか」


 そうなると、せっかく二人がこう言ってくれていることだし、集まるのもいいだろう。

 となると、昼くらいから集まって夕方ごろ解散というふうにすれば、二人も夕飯を二人で食べに行けるし、もし華さんのお誘いを受けて柊木家に行ったとしても、問題はないだろう。


「それじゃあ、せっかくだし集まるか。24日の昼くらいから集まって夕方くらいに解散でどう?」

「俺たちはそれでいいぜ。クリスマスは部活もないって顧問も言ってたし」

「それじゃあ24日の昼くらいに拓道の家でクリパってことで!」

「はいはい」


 こうして、嬉しいことにクリスマスに友達と集まることになった。

 机の上に置かれてる棒状のチョコのお菓子を食べながら、今年のクリスマスは、楽しい1日になりそうな予感に胸を躍らせた。



 そして放課後、柊木さんにチョコブラウニーを渡すために初めて話をした公園に立ち寄っていた。

 学校の中で渡すと誰かに見られる可能性もあるので、こうして待ち合わせている。

 こうして隠れながらじゃないと話をまともにすることができない現状に、思うところもあるが、今は致し方ない。

 

「お、お待たせ」


 公園に着いてしばらくして、少し緊張している様子の柊木さんが来た。


「突然呼び出してごめん」

「そ、それは大丈夫だけど・・・どうしたの?」

「ハロウィンだし、これ渡そうと思って。学校の中だと渡せないし」

「えっ?」


 そうして、金曜日に用意したチョコブラウニーを渡す。

 お菓子をもらえると思っていなかったからか、柊木さんが少し固まっている。

 もしかして、男子から何かをもらうのはまだ抵抗があるのだろうか。


「ご、ごめん。もしかして嫌だったか」

「ち、違うよ!・・・びっくりしただけ、というか」

「そ、そっか。ならいいんだけど」


 少し遠慮がちではあるものの、無事受け取ってくれた。


「・・・私、何も用意してない」

「別に気にしなくても・・・。僕が渡したかっただけだから」


 少し俯きながら、用意していないことに落ち込んでいるようだった。

 そんな姿を見て、少しだけ・・・悪戯心が芽生えてしまった。


「それじゃあ・・・悪戯しちゃおうか」

「・・・へっ!?」

「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ!ってあるでしょ?柊木さんはお菓子をくれなかったから、悪戯しちゃおうかな?」

「えっあの、その・・・!」


 見るからにうろたえ始める柊木さん。

 視線をあっちこっち忙しなく回しながら、テンパっている。

 そんな様子の柊木さんを、可愛いと思うけど、あまりからかいすぎると敦さん当たりに鉄拳制裁を食らいそうなので、この辺にしておこう。


「冗談だよ。ごめんね」

「・・・えっ?」

「なんか落ち込んでいたみたいだから、少しからかっただけだよ」

「~~~~~っ!もう!笹原君の馬鹿!」

「あはは、ごめんって」


 顔を少し赤くしながら怒る柊木さんも可愛いと思ったのは、心の中にしまっておくことにした。


「それじゃあ、用はこれだけだったから。時間取らせちゃってごめん」

「ううん。チョコブラウニー好きだから、ありがとう」

「よかった。それじゃあ僕はこれで」

「あ、ま、待って・・・」


 そうして家に帰ろうとしたところで、柊木さんに呼び止められる。


「すぅ~・・・はぁ~・・・」

「?」


 なんだかすごく緊張しているのか、柊木さんは深呼吸を繰り返して落ち着こうとしている。

 一体どうしたんだろうか。


「・・・と、途中まで一緒に・・・帰りませんか?」

「・・・えっ?」


 予想外のお誘いに、素っ頓狂な声を出してしまった。

 たしかに家は意外と近いから途中まで一緒に帰ること自体問題ないが、誰かに見られたりすれば、少し面倒だ。

 その辺柊木さんは大丈夫なのだろうか。


「えっと、誰かに見られるかもしれないし、その辺は大丈夫なの?」

「それは、その・・・こうして学校からすごく離れているわけでもない公園に、一緒にいる時点であまり変わらないと思うけど」

「うっ・・・」


 ごもっともなことを言われてしまった。

 学校内にはまだそれなりに生徒が残っているし、見られる心配は少ないと思っていたが、それでも誰かに見られる可能性がないわけではない。

 

「・・・それに、いつまでもこそこそしてるのも・・・嫌なので、これはその・・・予行練習、ということで」

「柊木さん・・・」


 柊木さんも、僕がさっき感じていた気持ちと同じだと言った。

 ここまで言われたら、断るわけにも行かないな。


「それじゃあ、その・・・途中まで」

「う、うん・・・」


 そうして、二人で一緒に公園を出て、帰路に就く。

 緊張はまだ残っているけど、最初に比べて、だいぶ自然に接することができるようになっているのを感じる。

 少しだけ前進できたということだろう。

 そのことが嬉しくて、思わず口角が少し上がる。


 そのまま他愛のない会話をしながら、別れるところまで一緒に歩いて行った――。



 

 

 

 

 





 


 

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