第6話 柊木家とお話
「お砂糖とミルクはいるかしら?」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
華さんがキッチンでコーヒーを用意してくれている。
柊木さんの家で夕飯を頂いた後、華さんから「少し、お話をしましょう」と言われ、今は先ほど夕飯をいただいたときに座っていた席に座って、少し待っていた。
敦さんは無言のまま、同じように夕飯の時と同じ席に座って待っている。
一体どんな話をするのだろうか・・・と考えを巡らせる。
もしかしたら、男子である僕を警戒していて、どんな奴なのか見定める、といった意図があるのかもしれない。
そんなふうに考えていると、華さんがコーヒーの入ったマグカップを3つ、トレイに載せて戻ってきた。
「はい、どうぞ。やけどしないように気を付けてね」
「ありがとうございます」
お礼を言って、コーヒーとスティックシュガーとミルクを受け取る。
真っ黒なコーヒーに、一緒に受け取ったスティックシュガーとミルクを入れ、かき混ぜる。
出来上がったブラウンに近い色へ変わったコーヒーを、やけどしないように気を付けながら口に運ぶ。
香りを少し楽しんでから口の中に流し込むと、ほのかな苦みと程よい甘さが広がった。
家でも読書をする際に、インスタントのものを入れることもあるが、華さんの淹れてくれたコーヒーは、雑味の無く、すごく美味しい。
「すごく美味しいです」
「それはよかったわ」
聞くところによると、華さんは自分でコーヒーを淹れることが趣味で、コーヒーも豆を買ってきて、挽いているそうだ。
柊さんが喫茶店によく行くと言っていたが、華さんの影響も少なからずあるんだろうな。
そう思っても不思議ではないほど、華さんの淹れたコーヒーは美味しかった。
「さっそくなんだけれど、聞いてもいいかしら?」
「はい」
「あの子・・・栞とは仲良くできそうかしら?」
華さんの聞き方に、少し違和感を覚える。
『仲良くできてるか』、ではなく、『仲良くできそうか』、なのだ。
華さんは柊木さんが僕に、友達になってほしいと頼んできたことを知っているということだろう。
そして、現況ではなく、今後を、僕に聞いているのだ。
「・・・まだ、分かりません。僕も、多分柊木さんも」
僕たちはまだ、お互いのことをほとんど知らないし、これからどうするのかだってちゃんと決められてない。
友達という名の何があるかわからない部屋に、ただ二人で入っただけのような状態だ。
その部屋に何があるのか、その部屋で二人がどうするのか、なにもわからない。
でも、入った後のことは、入った後で考えればいいと思う。
だから、いまはなにも分からないままでいい。
「じゃあ、笹原君は栞と仲良くなりたい?」
「もちろんです。たしかに、きっかけは柊木さんから友達になってほしいと言われたことですけど、そのとき真っ直ぐに『変わりたい』って言える柊木さんと、僕は仲良くなりたいと思ったから。それに・・・」
「それに?」
「・・・少し、羨ましいと思ったんです。昔、自分の気持ちを伝えることを諦めてしまったことがあって。そのとき、もっと正直になっていれば・・・って後から後悔して。だから、真っ直ぐな柊木さんを見て、友達になって、それで僕も変われたらって思ったんです」
華さんの目を見ながら、自分が友達になることを選んだ理由を話した。
正直、かなり恥ずかしいことを真面目な顔で言った気がする。
少し恥ずかしくなって、誤魔化すように視線を逸らし、少しだけぬるくなったコーヒーを飲んだ。
「・・・ふふっ。栞のことを『真っ直ぐな子』って言ってくれたけれど、あの子、最初は貴方と友達になることを躊躇っていたのよ?笹原君のことよく知らないからって。」
「・・・」
「あの子が変わりたいって思っても、正直きっかけがなければ難しいと思っていたわ。だから、貴方が栞を送ってきてくれたとき、これはチャンスだと思って、私と敦さんであの子に話をしたわ。・・・ごめんなさいね」
改めて華さんの顔を見ると、少し申し訳なさそうな表情をしていた。
自分たちの余計なお節介で、僕を巻き込んでしまったのではないか?
そんな意味を含んだ、謝罪の言葉。
「謝らないでください。それに、多分柊木さんも、余計なお節介だなんて思っていないと思います。『二人に背中を押してもらったから、前に進みたい』って言ってましたから、大丈夫です」
ずっと変わりたいと思ってもきっかけがなかった柊木さんと、たまたま僕が現れたことをきっかけに、華さんたちは背中を押しただけだ。
最後に、友達になると、変わると決めたのは柊木さん自身だ。
そして、それを僕が受け入れただけ。
だから、華さんたちには巻き込んだとか、余計なお節介だったとか思ってほしくない。
「まあ、柊木さん本人が僕と仲良くしたいかどうかは、分からないですけどね」
そう言って、冷めてしまった残りのコーヒーを飲み干す。
「・・・ねえ、敦さん。私は笹原君のことを信用してもいいと思うわ」
「・・・」
「・・・えっ?」
華さんが隣の敦さんにそんなことを言った。
敦さんは僕のことを警戒していたようだ。
最初に挨拶をしたときから、感じていたことではあったけど・・・。
「この人、笹原君が来るまでずっと『私が見定めてやる』とかなんとか言ってたのよ~」
「こ、こら!余計なことを言うんじゃない!」
「だってアナタ、ずっと難しい顔して黙ったままなんだもの」
「そ、それは、だな・・・」
確かに今日ここに来てから、敦さんはほとんど喋っていない。
『見定めてやる』と思われていたということは、場合によっては本当にオハナシがあったと思うと、ヒヤッとする。
「まあ、なんだ・・・娘とは、仲良くしてもらえれば、それでいい」
「ふふっ。私も、娘と仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「・・・はい、もちろん」
どうやら話というのは、僕と柊木さんが友達になることが、本当に大丈夫かどうかの確認がしたかったようだ。
柊木さんの過去のことも考えれば、両親としては不安なところもあるだろう。
しかも、背中を押したのは自分たちならば、尚更大丈夫かどうか、心配するのも無理はない。
ともあれ、柊木さんとの友達関係を認めてもらえたようで、一安心だ。
あとは、今後どうしていくのかは僕と柊木さん次第だ。
「それじゃあ、そろそろいい時間だし今日はこのへんで終わりにしましょうか」
「そうだな。男子と言っても高校生があまり遅くなるのもよくない」
リビングにある時計を見ると、時刻は20時を過ぎていた。
これ以上の長居は、柊木家にご迷惑だろう。
華さんは席から立つと、寝ている柊木さんのところへ向かった。
「ほーら、栞、起きなさい!笹原君を玄関まで見送るわよ」
「ん~・・・」
起こされた柊木さんはすこし眠そうにしながら、立ち上がった。
「まったく。お客さんが来ているのに眠ってしまうなんて・・・この娘は」
「い、いたたた!鼻をつままないで!」
「お、お気になさらず・・・」
そんなやり取りをしながら、玄関へと向かった。
靴を履いてから、改めて華さんたちの方へ振り向く。
「お邪魔しました。ご飯もコーヒーもご馳走様でした」
「またいつでもいらっしゃい」
「気を付けて帰りなさい」
「ま・・・また学校で!」
「うん、また学校で。おやすみなさい」
そうして、柊木さんの知らなかったことを少し知り、華さんや敦さんと話をして、友達関係を改めて認めてもらえた柊木家訪問は終わった。
笹原君が帰って行ったあと、お父さんは自室へと戻り、私とお母さんはリビングへ戻った。
それにしても・・・。
「よかったわね、栞。」
「えっ?」
「貴方、起きてたんでしょう?」
「な、なんで!?」
なんでバレてるの!?
最初は眠くて目を閉じていたけど、お母さんたちの話しが気になってそのまま寝たふりをしていた。
まさかお母さんにバレてるなんて思いもしなかった。
「だって貴方、笹原君が『仲良くなりたい』って言ったとき、少しビクッとしてたわよ?彼は気づいていなかったみたいだけど♪」
「~~~~~っ!」
「貴方も、笹原君と仲良くなりたい?」
そんなの、決まってる。
心のどこかで、彼は私に頼まれたから友達になってくれたんじゃないか。
彼はそれを否定していたけど、それでも不安だった。
でも、はっきりと迷いなく言ってくれた『仲良くなりたい』を聞いて、そんな不安は消えていた。
だから・・・。
「・・・私も、仲良くなりたいよ」
「・・・そう、なら頑張りなさい。きっと二人とも、いい友達になれるわ」
(まあ、友達以上になる可能性もあるけど♪)
お母さんは私の頭を撫でながら、楽しそうに言った。
恥ずかしいけど、そう言ってくれたことが嬉しい。
頑張ろう!と改めて思った。
それはそれとして、困ったな・・・。
今度笹原君に会った時、顔ちゃんと見れるかな・・・。
そんな不安を抱えながら、自分の部屋へ戻った――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます