第5話 柊木家と夕飯
今日は柊木さんから(正確には、柊木さんのご両親からの提案で)夕飯にお呼ばれされている日だ。
時刻は17時55分。住宅街の中に建てられている二階建ての立派な一軒家の前で、緊張のあまりインターホンを押せずに固まっていた。
前回柊木さんを送っていったときに、道はなんとなく覚えていたし、比較的近かったので、あまり迷わず目的地にたどり着くことができた。
約束の時間まで、あと5分ほど。
「ふぅ~・・・よしっ!」
いつまでもここに立っているわけにもいかないので、意を決して呼び出しボタンを押した。
呼び出し音が鳴ってすぐに、玄関のドアが開いた。
「・・・い、いらっしゃい」
「ど、どうも。こんばんは」
少しそわそわした様子の柊木さんが、出てきた。
お互い緊張していて、やはりぎこちない。
二人して玄関先で固まっていると、家の中から一人の女性が出てきた。
「いらっしゃい、笹原君。よく来てくれたわね」
出てきたのは、先週の金曜日にも会った女性だった。
「ほ、本日は誘っていただいてありがとうございます。栞さんのクラスメイトの笹原拓道です」
「あらあら、ご丁寧にどうも。柊木栞の母の
綺麗なお辞儀をしながらあいさつを返してくれた女性、華さんは、腰辺りまで伸ばした黒髪と穏やかな表情が印象的な綺麗な人だ。
柊木さんのお姉さんと思われてもおかしくないほど若く見える。
「ほら、玄関では寒いし、中に入りましょう」
「お、お邪魔します・・・」
華さんに言われるまま、家の中に入る。
玄関先で靴を脱いで、向きをそろえておく。
「ス、スリッパ・・・どうぞ」
「ありがと、柊木さん」
柊木さんが用意してくれたスリッパを履いてリビングへ入ると、食欲をそそられる香りがしてきた。おそらくカレーだ。
少しずつ肌寒いと感じ始めるこの時期には、ぴったりのメニューだ。
「もう少しで出来るから、自由にくつろいで頂戴。栞、お父さん呼んで来て~!」
「あ、うん。わかった」
柊木さんが呼びに行ったのを見届けてから、とりあえずソファーに腰を掛けることにした。
こうやって他の人の家にいるのは、なんだか落ち着かない。
「ふふ、なんだかそわそわしてるわね?」
「す、すみません。誰かの家にお邪魔するのはすごく久しぶりで・・・緊張していて・・・」
最後に誰かの家にお邪魔したのは、小学校のときに成人の家以来だ。
初めて成人の家で遊んだときは緊張したものの、男同士ということもあってすぐ慣れることができた。
だが今回は、女の子の家で、しかもご両親と一緒に夕飯を食べることになるので、成人の家の時とは比べ物にならないほど緊張してしまうのも無理はないだろう。
「ふふ、笹原君もだけど、あの子も朝からずっとソワソワしてたのよ?」
「あ~・・・」
あの子、というのは柊木さんのことだろう。
たしかに僕と同じように、緊張して落ち着かない様子が容易に想像できる。
「なにしろ初めて男の子をウチに呼んだんですもの♪」
「はは・・・」
ガチャン
そんなやりとりをしていると、リビングの扉が開いて、柊木さんともう一人、眼鏡を掛けた男性が入ってきた。
「・・・君が、笹原君だね」
「は、はい。笹原拓道です」
「栞の父の
敦さんは軽くお辞儀をしてから、食卓の方の席へ座った。
柊木さんは、華さんのところにお手伝いに向かった。
気のせいかもしれないが、少し警戒されている気がする。
「さあ!夕飯できたから、食卓のほうに座って頂戴」
「わかりました」
食卓のほうに向かうと、出来上がったカレーライスとシーザーサラダが並べられている。
華さんと敦さん、柊木さんはすでに座っているので、僕も空いている席に座る。
ちなみに席は僕から見て、
右に柊木さん。
正面に華さん。
華さんの左隣が敦さん。
という配置になっている。
「さあ、食べましょう」
「はい」
全員で手を合わせて「いただきます。」と言ってから、スプーンを使って、カレーとごはんをすくって、口に運ぶ。
食べやすいサイズに切られたじゃがいもは、口の中で簡単に崩れ、煮込まれたお肉は柔らかい。
にんじんと玉ねぎはほんのり甘くておいしい。
なにより甘口のカレーでとても食べやすい。
「すごくおいしいです」
「それはよかったわ。栞は辛いのがダメでウチはいつも甘口なのだけれど、大丈夫だったかしら?」
「お、お母さんっ!」
どうやら、柊木さんは辛いのが苦手らしい。
それを華さんに暴露されてしまって慌てている。
「大丈夫です。実は僕も辛いの苦手なんです。柊木さんと一緒だね」
「・・・私、辛口でも食べられるもん」
僕も辛いのが苦手だと伝えたら、柊木さんは少し口を膨らませながらそう言った。
別に辛いのがダメなのは恥ずかしいことじゃないと思うんだけどな。
「ごめんなさいね。この子ちょっと見栄っ張りなところがあるのよ」
「はは。可愛いじゃないですか」
「も、もう!二人してからかわないでよ!」
「・・・」
柊木さんが若干涙目になっているので、この辺にしておく。
そういえばさっきから敦さんが無言だ。
食事中に喋りまくるほうがマナー的に悪いのかもしれないが、一言も喋ってくれないのも、少し怖い。
気になって、敦さんの方を見ると、黙々とカレーを食べていた。
元々あまり口数が多い人ではないのかもしれない。
「今更だけれど、急に誘って、笹原君のご家族とか大丈夫だったかしら?」
「あー、僕一人暮らしなので、大丈夫です」
「・・・一人暮らし?」
「うん。父さんは今仕事で海外にいて、最初は僕もそっちに連れて行こうとしてたんだけど、わがまま言って一人暮らしさせてもらうことにしたんだ」
「・・・そうなんだ」
「その歳で一人暮らしなんて偉いわね~」
一人暮らしは慣れるまでが大変だったが、慣れてしまえばあとは気楽なものだ。
おかげさまで、好きなラノベを好きな時間に好きなだけ寝転がりながら読むことに没頭しても誰にも怒られない生活は非常に快適だ。
そういえば、この生活にも慣れてきたし、そろそろバイトを探してみてもいいかもしれない。
父からの仕送りがあるとはいえ、自分で使う分は自分で稼ぐ方が良い。
幸いうちの高校はバイト大丈夫だし。
「・・・笹原君は普段どんなことしてるの?趣味とか・・・」
「ん~、歌うのが好きだし、一人でカラオケ行ったり、家で読書とか。そういう柊木さんは?」
「わ、私?・・・喫茶店行ったり・・・とか、あとは勉強・・・とか」
「喫茶店かぁ~。一人だと行きづらいから、普段行かないんだよね」
「・・・それなら、今度・・・一緒に行く?」
「いいの?」
「う、うん・・・私のおすすめのところでよければ」
「うん、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
こんな他愛のない会話をしながら、夕飯を食べ進めていく。
今日だけで、いろんな柊木さんを知ることができた。
辛いものが苦手なこと。
意外と見栄っ張りな一面があること。
喫茶店によく行くこと。
普段から勉強をしている真面目なところ。
これだけ知れて、今日は来てよかったと思う。
「ごめんなさいね、手伝ってもらっちゃって」
「いえ、これくらいは」
夕飯を食べ終わったあと、さすがにご馳走になってばかりでは申し訳ないので、洗い物を手伝わせてほしいと、こちらから申し出た。
ちなみに柊木さんは、ソファーで寝息を立てて眠ってしまっている。
ずっと緊張していたと聞いていたし、疲れてしまったのだろう。
「栞はいつもご飯の後眠そうにするのよ。今日は緊張もあって疲れたのか、眠気に勝てなかったようね」
「そうみたいですね」
またもう一つ、柊木さんのことを知れた、なんて考えながら洗い物を終えた。
「・・・ねえ、笹原君。コーヒーはいかがかしら?」
「えっ?」
突然、華さんがコーヒーを勧めてきた。
そういえば・・・オハナシがしたいって言ってたような・・・。
「―—少し、お話をしましょう」
華さんが、穏やかな表情のまま言った。
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