第4話 一歩を踏み出す
私はいま、自分のスマホと睨めっこをしている。時間にして30分くらい。
なぜそんなことをしているのかというと、話は同じクラスの笹原君に助けてもらった先週の金曜日まで遡る――。
「・・・また、学校で・・・」
「ん、またね。お大事に」
私の緊張しながらの『またね』に、彼は振り返って『またね』と返して、帰っていった。
同じクラスの男の子とのそんなやり取りは、少し胸が温かくなると同時に少しだけくすぐたかった。
本当に不思議だ。
私は男子が苦手だ。小学校の頃に、男子にイジメられていたことがきっかけで、年が同じくらいの男の人と話をすると、そのときの風景がフラッシュバックして喋れなくなってしまう。
けど、笹原君と話をしているときは、緊張はあるけれど、怖いとは感じない。
公園で最初に話しかけられたときは、他の男の子と同様、怖かったけれど、それも徐々に感じなくなっていった。変わっていて、少し不思議な男の子だ。
だから・・・なのかもしれないけど、『また』彼と話をしたいと思った。
「それで?あの子とはどういう関係かしら?」
「へっ?あの子って?」
夕飯を食べているとき、お母さんがそんなことを聞いてきた。
あの子ってもしかして・・・。
「今日、貴方を送ってきてくれた男の子よ」
やっぱり、笹原君のことだった。
どういう関係かと言われれば、クラスメイトになるだろう。
「クラスメイトだよ?」
「あら?てっきりボーイフレンドなのかと」
「は、はぁ!?」
なにを言ってるんだこの母は・・・。
私が男子苦手だって知ってるでしょうに・・・。
「もう、からかわないでよ!お母さん、私が男子苦手なの知ってるでしょ?」
「からかってるつもりはないわよ?それに別れ際の貴方の顔、苦手だって顔には見えなかったわよ?」
「・・・」
確かに、笹原君は他の男の子とは少し違う気がするけれど、ボーイフレンドだというのは、いくらなんでも飛躍しすぎである。
お母さん、今日はなんだかテンションが高い・・・。
適当なこと言うな、という意味の視線をお母さんに向けていると・・・。
「・・・ボーイ・・・フレンド?」
私の右斜め前の席で黙々と夕飯を食べていたお父さんが、眼鏡を抑えながら、なにやら禍々しいオーラを漂わせていた。
「落ち着いてお父さん、笹原君はただのクラスメイトだから!」
「ほう、笹原君というのか・・・」
ダメだ、聞いてない。
不敵に笑いながら、『ササハラクン・・・そうか・・・」などと呟いていた。
「こら、落ち着きなさいアナタ」
「イテッ」
お母さんがチョップをして、お父さんの暴走(?)を止めてくれた。
「それで?どうしていきなり笹原君の話?」
「ただ気になったからよ?娘にあんな可愛い顔をさせる男の子がどんな子か気になるじゃない?」
「~~~~~ッ!!」
可愛い顔って、私どんな顔だったの!?もし・・・もしもお母さんの言うかわいい顔が本当だったら・・・笹原君にも見られてるってこと・・・?
だとしたらすごく恥ずかしいんだけど・・・。
「というわけで、栞。笹原君をウチに呼びなさい♪」
「どういうわけでそうなるの!?」
「あら、どんな子か気になるからお話したいなって。それに大切な娘を助けてくれたお礼もしたいし」
「そうだな。お父さんもぜひオハナシしたいな」
お父さんがまた禍々しいオーラを放っているが、すぐさまお母さんに頭をはたかれる。
「いやいや!私と笹原君は話をしたのは今日が初めてだし、友達でもないのに、いきなり呼ぶのは変でしょ?」
「なら、友達になればいいんじゃないかしら?」
「えっ?」
友達に・・・なればいい?
「少なくとも、笹原君のことは嫌いではないのでしょう?」
「それはまあ・・・。でも笹原君のこと何も知らないし・・・」
「これから知っていけばいいのよ」
「普通、知ってから友達になるものじゃないの?」
「そういう人もいるとは思うけれど、友達になってからじゃないと知れないことって案外多いわよ?」
「むっ・・・」
確かに、一理ある。
「でも・・・」
友達になったとして、私はちゃんと彼と話ができるだろうか?
話をする私はきっとぎこちないと思う。
それは笹原君にとってどうなんだろう?
不安ばかり出てくる・・・。
「・・・ねぇ、栞。お母さんたちが別の学校を勧めたときに貴方が言ったこと、覚えてる?」
「えっ?」
「貴方、『このままじゃ嫌だ!』って言ったのよ?」
「・・・」
「自分で決めたことなら、しっかりやりなさい。お母さんたちは応援してるんだから」
「お母さん・・・」
「そうだぞ。最初の一歩を踏み出すのは怖いかもしれないが、踏み出してしまえば、あとは進むだけだ。その一歩を、もう栞は踏み出したじゃないか」
「お父さん・・・」
もう、逃げちゃダメだ・・・。
私が変わることを、前に進むことを応援してくれている二人と、自分の為にも・・・。もう一歩、前に進むべきだ。
「というわけで、今週の土曜日に笹原君をウチに呼ぶのが最初の目標よ♪」
「う、うん!頑張る!」
そうして月曜日、笹原君に友達になってほしいと伝え、無事(?)友達になった。
あとは、笹原君をウチに呼ぶだけ・・・なんだけど。
「どうやって誘えばいいんだろう・・・」
という感じで30分ほど、メッセージアプリの笹原君とのなにもないトーク欄を見つめながら、なんと送るべきかを悩んでいた。
いきなり、『家に来ない?』と送るのは変だ。
なにかしら、理由がなければ・・・。
「あ、そうだ!」
理由ならお母さんが言ってた『お礼』がある。
夕飯に誘うという形であれば、自然かもしれない。
「『今週の土曜日、うちに夕飯食べに来ませんか?』と。これだ!」
結構無難な感じになったな。
友達に送る文章としては、少し堅苦しい気がするけど、大丈夫だと思いたい。
そして、送信ボタンを押して、打ち込んだ文章がなにもなかったトーク欄に表示される。メッセージにすぐ、既読が付いた。
「笹原君、結構すぐ見るんだ・・・」
私のほかの友達には、送ってから反応があるまで少し間がある子たちも少なからずいる。
だけどすぐ既読を付けるあたり、細目に見るタイプなのだろうか、なんて考えていると返信が来た。
『明日、緊急会議。放課後屋上で。』
私は何か間違えてしまったのかもしれない。
この先、笹原君とちゃんと友達になれるか、少し不安になりました――。
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