8 ブーストギア

 少し待っていると先に灯が。そして少し遅れて柏木が会議室から出てきた。


「そんな訳でちょっと不本意だけど私は先に休むっす。ほんと何か有ったら呼ぶんすよ!」


「分かってる分かってる。お前も無理すんなよ、お大事にな」


「はい。比較的体力全快にしてくるっす! じゃあ柏木さん、後はよろしくっすよ」

 そう言って灯は踵を返して、恐らく社内にもある自室に向かって歩いていく。


 本当に呼べばすぐ来そうだなと。そう考えながら啓介は柏木に視線を向ける。


「じゃあ行きますか」


「はい。では着いてきてください」


 そう言って歩き出した柏木の後ろを着いていく。


「しかし改めてになりますが、良くこうして従えますね。普通は利用されているのが分かっていたら着いてこれませんよ」


「一応言っておきますけど、柏木さん達じゃなきゃこんな判断してないですからね。普通なら突っぱねますよ。柏木さん達だからこそ、多分掌の上で踊らされた結果灯にとってプラスな何かが起きるんだろうなって思うわけで」


「逆に言えば私達じゃなくても、お嬢様の為になる確信があったら、得体のしれない相手の話にも乗るんですね。どれだけお嬢様第一主義なんですか」


「そんなんじゃ無いですよ。ただ影村の人にこんな事言うのもなんですけど……俺にとって灯は妹みたいなものなんで。そりゃあ頑張りますって」


「……」


 何故か軽く頭を抱える柏木。


「どうしました?」


「いや、私達の計画とは全く別件なんですけど、なんとなく前途多難だなと」


「……? 俺なんか失言しました?」


「いえ、気にしないでください」


「……?」


 なんだか良く分からないが、もう完全に失言された反応をしている。

 した。間違いなく失言をした。

 しらんけど。


 ……とはいえその場合追求しても墓穴を掘りかねないので、このままにしておくが。


 そしてそんなやり取りを交わしつつ辿り着いたのは、影村重工の技術がこれでもかと詰まったトレーニングルームだ。

 主に灯が使っている所を何度も見学してきた。


 そう、今までは見ているだけで立ち入れなかった場所だ。

 そういう場所に足を踏み入れる。


「しかし異空間ねぇ。当たり前のように受け入れているけどとんでもねえ技術だよなコレ」


 その部屋は言葉のとおり異空間だ。

 守護者の力を解析し、そのデータを元に人の手で構築した技術の結晶。

 体育館程度の広さだったその部屋は装置の起動と共に都市一つ分程の空間に拡張される。

 中で暴れまわっても空間を破壊する程の衝撃が無ければ外部への影響も発生しない。

 文字通り人外レベルの力を振るうトレーニングをするにはもってこいの空間だ。


 ……と、言うのは簡単だが、相当にとんでもない技術だと啓介は思う。


「灯がこういうのを作れるならまだ分かるけど、そうじゃねえからな。守護者の力を解析するだけでもすげえのに、何食ってたらこんなとんでも装置が出来上がるんだよ」


「この装置を作ったの、啓介君のお父さんですよ?」


「普通の飯食ってましたわ」


 普通にラーメン大好きな中年おじさんだ。


「……すっげえな親父」


「ええ。あの人が研究に関わるようになってから劇的な発展を遂げたと聞いています。キミに渡したブーストギアもあなたのお父さんが基礎理論を構築して実用レベルにまで昇華させました。とにかく一度身を持って体験してみてください」


「コイツを起動してみりゃ良いんですね。どうすりゃ良いんですか? スイッチとかありませんけど」


「簡単ですよ。ギアに意識を集中させて念じるなり口にするなりすれば良い……ブーストオン」


 柏木がそう呟いた瞬間、黒い装甲を纏う様に姿が変貌する。

 その姿はまさに……スタイリッシュなデザインの黒い怪人だ。


「おぉ……特撮みてえだと思ってたけど、マジで特撮の変身シーンみたいですね……デザインがヒーロー側というよりは敵側なんですけど」


「まあそういう役割を担ってますからね私達は。さ、啓介君もやってみてください」


「分かりました」


 言いながら意識をブーストギアに集中させ……そして力強く、叫んだ。


「ブーストオン!」


 その瞬間だった。

 まるで体が内側から作り変えられるような感覚と共に、黒い装甲が全身に纏わりつく。

 そして……力が湧き上がるのが感じられた。


「強い力が宿ったのが分かりますか?」


「ええ……なんだこれ、すっげえ」


 言いながら、軽くその場で飛び上がってみる。

 そう、軽くだ。


「うぉ……ッ!?」


 たったそれだけで、5メートル近く体が宙を舞う。

 文字通り人外染みた力が。

 それこそ全力を出せば、今の天池よりは遥かに高い力を出せる事が容易に分かる程の強さがこの身に宿っていた。


「どうですか?」


 着地した啓介に柏木が問いかける。


「いやもうほんと、凄いですよ。なんかとんでもなく全能感が沸いてくるというか、これなら灯の戦ってるヤバい敵にだって……」


 勝てるかもしれない。

 高い力と共に湧いて出た全能感がそう言わせかかるが、少しずつ戻ってくる理性がそれを押し留める。


「……お察しの通り、そううまくはいきませんよ」


「ですよね」


 ブーストギアの出力は今の天池よりは高い。

 だが灯の力には遠く及ばず、それ即ち灯がなんとか倒しているような相手に対しては赤子同然の力でしかない筈だ。

 だからこそ、天池を育成する方針に舵を切っているのだろう。


「残念ながらこれが今の影村重工の限界です」


「……」


 影村重工は守護者の力を解析する事で得たオーバーテクノロジーを駆使して、元々町工場でしかなかったのを灯の祖父と父親の二代で今の経営規模にまで到達させたらしい。


 だがそうした繁栄は本来の目的の副産物だ。


 守護者は来るかどうかも分からない危機に対して鍛練を続け、そしてもし実際に危機が訪れた場合、命を賭けて戦わなければならない。

 そんな責務を後の世代に残さない為に、人の身で守護者の……神の如き領域に到達する。

 それが影村重工の掲げる目標だ。


 ……これ程のテクノロジーを形にしていても、影村重工の人間からすれば到底満足できる物ではないのだろう。


(……それでもこの力のお陰で、本当の意味で灯に孤軍奮闘させなくて済む)


 最終的に灯に手を貸してくれる天池に力を付けさせる事ができる。

 父親を含めた影村重工の人間が積み重ねてきたものが、その希望に繋がっている。

 足りない事ばかりかもしれないが、そこまで悲観する事ではないだろう。

 できる事があるだけでも、それはきっと良い事な筈だから。


「それで柏木さん。こうして変身はできた訳ですけど……始めるんですか? 訓練とか」


「ええ。これから具体的な作戦の概要を説明しつつ……生身とは比べ物にならない出力の体で問題なく動けるように訓練します」


「よしきた」


「とりあえず明日の作戦開始時刻までには動けるようになってもらいますよ」


「了解です。じゃあ早速始める感じで良いんですよね?」


「普通なら急ピッチすぎるなど言われそうな物ですが……まあキミならそう言いますよね。スパルタで行きますが、根を上げないでくださいよ?」


「上げると思いますか?」


「いえ。全然。それではまずは──」


 こうして出雲啓介は人知を越えた力を手にするに至った。

 望んでいたステージに立つ事は叶わなくても。何かを変えられるかもしれないと思える力を手にいれた。


 ……そんなつもりでいた。

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