6 今の自分にやれる事を

「うぇ!? あ、ど、どうも柏木さん……お、お久しぶりです」


 柏木さん。

 灯お付きの使用人は……二人の様子を見て、やや困惑している様子である。


 とりあえず挨拶はしておいたが、内心汗がダラダラだ。

 なんだか色々な事が終わったような感覚が凄い。

 凄いが……それでもやや困惑した表情は、以前見慣れていた物へと移り変わる。


「ええ、お久しぶりです。すみませんね、日本に帰ってきたばかりで色々と」


「えーっと、あの、柏木さん? スルーしてくれているのは正直ありがたいんですけど……柏木さんは多分こういうのスルーしちゃ駄目な立場の人じゃないですかね? 結構エグい構図してますよ今の俺達。ていうか灯も早いとこ顔上げてくんねえ?」


「そ、そうっすね。冷静に考えたら見られたら結構やべー感じになってたっすね」


「冷静に考えなくても気付いて欲しかったなぁ。ほら」


「っす」


 言いながら頭を上げた灯に手を差し出し、立ち上がらせる。

 そしてそんな啓介たちに、微かな笑みを向けて柏木は言う。


「流石に困惑こそしましたが、啓介君相手ならお互い悪意無く変な経緯でこうなったんだろうなってのは察せられます。私みたいな立場の人間だからですよ、スルーしているのは」


「成程……灯と話してたのがこの場所で助かったな」


「え、なんすか? もしかして私、知らない人が一杯居る中でもあの流れなら土下座してそうとか思われてます?」


「さっきの勢いなら……やりそうじゃね?」


「……」


「否定してくれよ頼むから」


 とはいえ人前では先程の様な話は出来ない為、ああはならないだろうが。

 まあ、とにかくだ。


「で、柏木さん。そういう風に思っていてくれてるのはマジで嬉しいんですけど、俺が本当におかしい事言ったりしてこうなってる可能性も多分ゼロじゃないんですから、多少は疑ってくださいよ。誤解なら後で解けば良いんですからとりあえず灯の味方してやってください」


「では最初の困惑が多少の疑いという事で」


 そう言った柏木は啓介たちに歩み寄りながら言う。


「そもそもさっきの状況に対して真面目に問い質さないといけないような相手なら、キミは今も昔もきっと此処にはいませんよ。キミは特別扱いです。キミ以外の人間がお嬢様にああさせていたなら、私は有無を言わさずぶん殴ってますよ」


「俺以外の場合でも問い質す所から初めてくれませんかね……まあでもありがとうございます」


「ではこの話は此処で終わりという事で……ああ、でもその……お嬢様が外で何かやらかさないか良く見ておいてください。お願いしますよ啓介君」


「ええ、俺が一緒に居る時は目ぇ光らせときますよ」


「……なんか私への信頼はあんまりない感じなんすかね?」


「つい数十秒前にやらかしてましたし。あんまり啓介君に迷惑を掛けてはいけませんよ」


「できてるかどうかはともかく私は何時だってそのつもりっすよ……私はっすけど」


 灯は一拍空けてから、少し真剣な声音で言う。


「私達の読みでは柏木さん達は、啓介さんにブーストギアを使わせようとしているんじゃないかって思うんすけど……その辺はどうなんすか?」


「ブーストギア……それって例の影村製の新型パワードスーツか?」


「そうっすね。まあパワードスーツって言うよりは変身アイテムみたいな感じっすけど」


「変身アイテムねえ。ビジュアル敵のそれだけどマジで特撮みてえ」


「ああ、これが啓介君のブーストギアです。やらないと思いますが悪用禁止ですよ」


 そう言った柏木は黒塗りのスティック状のケースを手渡してくる。


「……って事はマジで正解か。これの為に俺をねぇ」


「その様子だと、天池さんと怪人の戦いの意味まで理解していただいてるみたいですね。話が早くて助かります……あなたには私達の手伝いをしてほしい。勿論強制では無く任意ですが」


「ああ、良いですよ。俺やりますよ、やれる事をやれるだけ」


「いやいやいやちょ、啓介さんストップストップ! まだ具体的な話して無いのに判断速すぎやしないっすか!?」


 灯が慌てて割って入る。


「この作戦に参加するの普通に危ないんすよ!? 雑に言うと天池さん強くする為にサンドバックになってくださいって言ってるようなもんなんすから! もうちょっと良く考えて──」


「ずっと考えて来た。そんで考えてきた答えがこれだ。やらせてくれよ、やれる事があるなら」


 危険かどうかなんて関係ないなんて事を軽々しく言うつもりはない。

 実際灯が巻き込まないように態々啓介を遠ざけたという事はそれだけ危険な事なのだろうし、関わらずに済む問題なら関わらない方が良いというのは良く分かっているつもりだ。

 別に自殺志願者でも無いのだから、そう考えるのは当然の事だと思う。


 だけどそう考えた上で、それでもその行動が灯を支える事に繋がるならやれる事はなんでもやる。

 目の前で奮闘して大怪我を負っている幼馴染みを少しでも助けられるならなんでもやる。


「俺はお前の力になりたいんだ」


 それがこの十数年間で積み重ねてきた答えであり願望だ。


「……私はたまにちょっと愚痴とか聞いてくれたらそれで満足なんすけど」


「じゃあこれは俺の我儘だな」


 そう言って、気持ちを切り替えるように一呼吸置いて。啓介は柏木に問いかける。


「そんな訳で改めてですけど、俺はやりますんで。よろしくお願いします」


「そう言ってくれると思っていましたよ」


「此処まで予定通りって感じですか?」


「そうですね。ありがたい事に予定通りですよ」


「操縦しやすいようで何よりですよマジで」


 おかげでと言うのはおかしいかもしれないが、そのおかげで灯を支えられる立ち位置に立つことが出来た。

 うまく此処まで誘導してくれた事に感謝しかない。

 そしてきっと此処までで終わりでは無く、これからも続くのだろう。


「なんで此処から先もよろしく頼みますよ、柏木さん」


「……ええ、こちらこそ」


 啓介の言葉に柏木も静かに頷く。

 そう、まだ自分は掌の上だ。


 最初は人手不足を補う事が自分を関係者にした理由なのでは無いかと考えはしたが、それが事実だとしても本質ではない事は少し考えれば理解できた。

 きっとこんな程度の事なら、反対するであろう灯にはともかく自分には隠さないだろうし、そもそもこの程度の事なら灯の意思を無視して動くなんて事をこの人達はしない。


 まだもっと大きな何かが隠されている。


 とはいえ開示された建前としての理由も事実であるなら、灯を支える為にも全力で取り組んでいきたいと思う。


「それで、ひとまず俺はどうすれば良いんですか?」


 ブーストギアという未知の力を手渡された。そしてそのまま本日は解散なんて事にはなる訳が無い訳で、啓介がそう尋ねると柏木は言う。


「私達が行っている作戦の概要をお伝えしつつ、軽くブーストギアの訓練を行う予定です。この後急ぎの予定でもあれば顧慮しますが……あったらこの場所に来てないですよね」


「ええ、そりゃそうですよ。有ったとしてもキャンセルします」


「なら良かったです」


 知ってたと言わんばかりに変化の無い表情でそう言った後、柏木は灯に言う。


「そういう訳なので、此処からは私が引き継ぎます。お嬢様はそろそろ休んでください」


「いや、私も付いて行くっす」


「……私達に啓介君を預けるのが不安ですか?」


「そりゃ……まあ」


 一拍空けてから灯は言う。


「ブーストギアの適合者として啓介さんの力を借りるなんて事が本題じゃないのは私にも分かるっす。そして危険な事を本題を隠す理由付けにしている位なんすから……そりゃあ不安っすよ。啓介さんに何をさせるつもりなのかが不安で仕方ない」


「そのお気持ちは分かりますよ」


「ならせめて私も──」


「ですがその辺は信用してくれると嬉しいです。約束しますよ。色々と詳細は話せませんが……ブーストギアで戦ってもらう事以上に危険な事をさせるつもりはありません」


「……」


「だそうだ灯」


 まあそれ以上に危険な事が有ったとしてもやるつもりではあるが。


「……啓介さん、何かあったらすぐ呼ぶんすよ。飛んでいくっすから」


 どうやら一応は了承してくれたらしく、啓介は安堵する。

 灯の顔色は本当に良くない。

 正直色々話終えた今でも、絶対通話で話すべきだったと思う位には。

 なんならもっと落ち着いてからで良かったのではと思う位には早く眠って欲しい。


「おう、そん時は頼むわ」


 眠っていて欲しいから、極力呼ばないようにはしたいけど。

 そもそもこの人達相手にそういう事態になる事はまず無いだろうけど。


「なら場所を移しましょう。着いてきてください啓介君」


「ああ、でも柏木さん。ちょっとだけ時間良いっすか? 悪いっすけど啓介さんは先に部屋を出てて欲しいっす」


「私は構いませんが……」


「了解。分かったよ」


 なんでとは聞かない。

 色々あるんだという事位は良く分かっているつもりだから。

 柏木と二人で話したい事があるのならそうさせてやるべきだと、そう思う。

 そう考えながら一足先に会議室を出る。


 そして壁に寄りかかりながら、先程受け取ったブーストギアに視線を落とす。


「サンドバック……か」


 贅沢な話をさせてもらえば、もう少し格好良い形で灯を助けられる力が欲しかった。

 隣に立って守ってやれるような力が。


 だけど現実として手にしたのはこの力。

 だけどきっとこれでも贅沢すぎる。

 ようやく灯の為に何かをしてやれるかもしれない可能性を手に入れたのだ。


「……さあ気合い入れろ。やるんだ、やれる事をやれるだけ」


 言いながら静かに、その手の可能性を握りしめた。

 どこか自分にそう言い聞かせるように。

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