5 正義の味方育成計画

 灯は自分以外の全ての守護者が力を秘めているだけの一般人になっていたと言った。

 全てという事は、天池小夏も例外では無いのだろう。

 だが天池は灯よりも遥かに弱い力ながらも、確かにそれを振るっていた。

 怪人に扮した影村重工相手に。


「正解っす。現状のままじゃマジでヤバいんで、流石に手を講じた訳っすね」


 灯は軽く息を整えてから、少し明るい表情を浮かべて言う。


「啓介さんなら分かってくれると思うっすけど、守護者の力はそう簡単に振るえるようになる訳じゃないっす。訓練を重ねて重ねて何度も重ねて、やっと高い出力が出るようになるし、その力を操る事もできるようになるっす」


「知ってるよ。お前いつも頑張ってるもんな」


「えへへ、そうっすか。そうっすよね」


 少し誇らしげにそう言う灯。


(……それはほんと誇っても良い。お前はマジで凄いんだ灯)


 心中で賞賛する啓介に、灯は言う。


「と、とにかく簡単には力は身に付かない。だから仮に一般人と化した守護者の人達を集めて特訓とかをさせても洒落にならない位の時間が掛かる訳っす。例え協力してくれたとしても、最低限戦える位になった頃には、もう私がワンチャン大勝利してるか世界が滅んでるかの二択になる感じっすね。だからこそ……私達は回りくどいやり方を推し進める事にしたっす」


「それが天池と戦う事か。これはなんというか……地道なトレーニングより実践積ませた方が早いって事になるのか?」


「そういう事っすね。研究結果を見ても実際の天池さんの成長率を見ても、普通に訓練していた際に得られるであろう成果よりも遥かに高い成果が出てるっす。これなら……例え天池さん一人でも、さっき言ってたとんでもなく強い化物にも99パーセント勝てる様になる試算っす」


「は、マジかよ。お前で10パーセントなのに?」


 思わず出た言葉に対し、灯は苦笑いを浮かべて言う。


「私基準で考えたらダメっす。何せ天池さんは私よりも遥かに高い潜在能力を秘めてたんすよ。私の守護者としての直感と、影村の最新型の測定器がそう言ってるからこれはマジっす。今のペースだと半年も立たないうちに私の力なんて軽くぶち抜いていくっすね。正直滅茶苦茶複雑な気分ではあるんすけど……人類にとっては朗報っすよ」


「……そうだな」


 正直啓介としても複雑な気分だ。

 それで勝てるなら朗報だ。

 灯の抱えるリスクが大幅に軽減されるのなら本当に朗報だと思う。


 それでも頑張ってきた所を見てきた者として、そんな裏技のような手段で追い抜かれるというような話を聞いて、素直に喜びきれはしない。

 ましてや灯本人が本当に複雑な表情を浮かべているのだから尚更だ。

 とはいえ朗報である事は間違いなくて。


「とりあえず現実的な確率でお前が死なないでいてくれそうで、そこはありがたいよ」


「途中でぽっくり逝っちゃうかもしんないっすよ?」


「それ普通に縁起悪いから止めてくんねえ? その冗談結構悪質だぞ」


「あはは、ごめんっす」


 そう言って笑みを浮かべる灯の表情にはやはりあまり余裕はない。

 複雑な気分とかそういうのは差し引いて、余裕が無いのだ。


(……まあそりゃ当然か。冗談みたいに消化しないとやってられねえよな)


 そもそも僅かなリスクがある時点で、抱えるストレスは半端な物では無いのだろう。

 具体的にいつ頃まで灯の孤軍奮闘が続くのかは分からないが、その間は20パーセントで敗北するあまりに大きなリスクが付きまとうのだから、灯にとっては現実的に死のリスクが隣り合わせになっている事になる。


(こりゃ早く天池には強くなってもらわねえと……ちょっと本人には悪いけど)


 先程は何もしてこなかった他の守護者達に強い怒りを覚えていたが、天池は影村重工が関与していなければ何も知らなかったであろう人間だ。

 自分の意思で努力を積み重ねる事を放棄した人間ではない。

 寧ろ悪態を付きながらも現場に駆け付け続け一年も戦っている天池の精神はきっと善良にも程がある。


 そんな相手だ。

 どんな形であれそんな彼女の日常を壊している事については、現状当事者ではない自分ですら申し訳なく感じるし、実際の当事者である灯達はより強くそう思っているだろうと思う。

 他の守護者の家系に悪態を付いても、そういう事は考える奴だという事は長年の付き合いで分かっている。


 ……とにかく灯は物凄く過酷な状況に置かれているが、それはそれとして天池にも大きな負荷を強いている訳だ。

 そう考えていて浮かんだ疑問を灯に尋ねた。


「そういや天池は何も知らないような感じだったけどさ、なんで事情話してやらねえんだ」


「実践と実践形式じゃ話が全然違うっすからね。まあ現状私達が敵を用意して、なんなら被害者役とかも全部影村の方で用意している八百長試合をやってる感じっすから。そういう意味じゃ実践形式なのかも知れないっすけど、本人にとっちゃ実践での殺し合い以外のなにものでもないっす。その状況を作る必要があるんすよ。超効率良く守護者としての力を育成するには」


「別にお前が直接天池と戦っている訳じゃねえんだろ? だったら天池育てるのは影村の人達に任せるとして、お前が事情を知ってる同じ守護者として近付く位はできるだろ。協力できない理由はいくらでもでっち上げてさ」


「それも考えたんすけど、色々都合悪くて出来ないんすよね。だから申し訳ないっすけど、ある程度の段階まで強くなるまでは、もうちょい孤軍奮闘で頑張って貰う形になるっすね」


「お前も天池も孤軍奮闘か……その感じだと他の連中に同じ事してもうまくいかねえのか」


「うまくいかないというより出来ないんすよ」


「できない? 同意は……天池にも取っていない訳だし、なんでだ?」


「私達側の人員不足っすね」


「人員不足?」


「ある程度計算して危機的状況に陥らせれば守護者としての力に覚醒する。その上で本人が実践だと思う形で適切な力量の相手と戦う事で、ゲームで経験値を得るのに近い感じで強くできるっす。だけどその敵になりきれる人間にもいるんすよ、才能って奴が。誰でもあの怪人みたいなシルエットのパワードスーツを使える訳じゃないっす」


「一度に鍛えられるのは一人まで……って事か」


「それでもギリギリって感じっすね。だからぶっちぎりで才能がある事が分かった天池さん一点突破でやってる感じで」


「それでも人手不足か……って事はちょっと待てよ」


 色々と腑に落ちたかもしれない。


「もしかして親父達が俺を巻き込んだ理由って……これか?」


「いやぁ……どうっすかね。そもそも現状でもなんとか回っているし、態々啓介さんを巻き込まないように遠ざけた私の意思無視してまでやらないと思うんすよ。というかあのスーツを啓介さんが使えるかどうかも分からない段階でこうやって──」


「あ、俺アメリカ支社の方で良く分からん検査二、三回程受けたわ。もしかしてこれのじゃね?」


 なんの検査か全く教えて貰えなかった訳だが、この流れだとこの為の検査だったのでは無いかと思わざるを得ない。

 それはそれとして。


「……あとこれ聞き流した方が良かったのかもしれねえけど、俺を遠ざけたってどういう事? あの、なんというか俺の……というより親父のアメリカ行きの経緯ってこれだったり……」


「……」


「……」


 沈黙が場を支配する……これがもしかしなくても答えかもしれない。


「……」


 そして椅子から立ち上がった灯は、その場で膝を付き頭を下げる。

 確定。間違いなくこれが答えだ。


「いや、あの……そんな感じっす。啓介さんをアメリカにぶっ飛ばしたの私の我儘っす。マジですみません。色々大変だったっすよね」


 本当に申し訳なさそうに灯は言う。


「い、いやちょ、ちょっと待て灯! 止めろ止めろ土下座止めろ! やった事のスケール馬鹿でけえけど悪意とか一切ねえじゃんお前の行動!」


「いや、だとしてもっすよ!」


「というかマジで一旦土下座止めねえ!? 今の状況客観的に見ると、大怪我負ってる女の子に土下座させてるやベー奴みたいに──」


「失礼します。お嬢様、怪我の具合の方は…………え?」


 とんでもないタイミングで扉が開かれ、長身の二十代前半の女性が現れた。

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