4 集わぬ守護者

 願わくば自分の予想が外れていますようにと祈った。

 灯を始めとする影村家の人間と同じように、無駄で終わるかもしれない努力をどこの家も積み重ねてくれていて、今起きている問題に一緒に立ち向かってくれているんだと。そうであって欲しいと……強く祈った。

 だけど灯の表情がそれを否定する。


「啓介さん、多分私が言わなくても答え分かってるっすよね」


「……まあ、大体な」


「流石っすね。その観察力だとか洞察力の高さはマジリスペクトっすよ。ほんと凄いっす」


「って事はやっぱ……お前の孤軍奮闘って事で良いのか」


 最悪な予想が的中した。影村灯は世界の危機に対して孤軍奮闘で戦っている。


「孤軍奮闘って訳じゃないっすよ。影村重工の皆に滅茶苦茶バックアップしてもらってるんで」


「でも本来ならそれプラス他の守護者連中って構図になる筈だろ」


「まあその筈だったんっすけどね。ちなみに啓介さん、どうして他の守護者が集まってないって分かったんすか」


「……そんな難しい話でもねえよ。理由は三つ程ある」


 軽く溜息を吐いてから啓介は言う。


「まず親父達はどういう目論見かは知らねえけど、ただの一般人でしかねえ俺をこの危機に対処する為の関係者にしようとしている。お前の意思すら無視してな」


「ほんと、何考えてるんすかね……それで?」


「そういう無茶がこうして形になってるのは、多分事が影村重工の中だけで回っているからだろ。基本守護者の情報なんて表には出せねえ事ばかりだ。他の守護者が大勢関わっていたら俺なんて此処にはいられないと思う」


 最初から此処で関係者として関わっていたならまだしも、今日急にというのは無理がある。

 これが理由の一つ目。


「そして二つ目。多分天池も守護者の家系なんだろうけど……アイツ、今起きてる事何も知らねえだろ。守護者として鍛錬を積んでいたら気付く筈の問題に気付いていない。多分あの様子じゃ自分が守護者って呼ばれる存在な事も知らねえ。そういうのを一人見付けた時点で、灯や親父さん達のやって来た事は当たり前じゃないって事が良く分かる。影村家が当然のように回してきたサイクルが他の家じゃどっかで歪んじまってるって可能性は確かにあるんだ」


 そして後は。


「最後に……お前の表情とか見れば大体読める。三つ理由があるって言ったけど、正直八割方これだよ俺の根拠」


 灯の一挙一動が、そのサイクルを現代でも回し続けていたのが影村家だけだという最悪の予想を完成させる。


「どうだ? 一つ目とか二つ目あってる? 正直三つ目以外はそこまで自信ねえんだ」


「三つ目は自信あるんすね」


 どこか嬉しそうに灯はそう言った後、一拍空けてから答えを告げる。


「一つ目はそうなる可能性が高かったかもっすね。今となってはかもしれなかったってだけで確かめようがないんすけど。ウチ以外隠すような情報を全部失くしちゃってたっすから」


 軽く溜息を吐いてから灯は言う。


「危機が迫っているのにどこの家も動くことは無かった。不審に思ったパパ達が影村重工の力を駆使して世界中の守護者の家系の特定とその実態の調査を行ったんすけど……一つ残らず、守護者のしゅの字も知らない一般家庭になってました。当然の事ながら、力を使えるようにする教育も受けてないんで、皆才能を秘めているだけの一般人っすよ。マジで笑えなかったっす」


「……」


「なんすかね。災害用の非常食が気が付いたら期限切れになってるみたいな感じっすかね。何処の家も平和ボケしちゃってた訳っす。そりゃ集まってくる訳無いっすよね一般人なんすから。ああ、これ二つ目の答えっす。ほんと、参ったっすよね。ははは……」


「……」


 本人は隠しているつもりだろうが、声音からは怒りの様な物が感じられる。


 当然だ。

 そんなのは当たり前だ。


 自分だけが苦労していて、他の守護者は使命など忘れて普通の生活を送っていて。

 いざ問題が起きた時、頑張ってきた灯だけが割を食っている。現在進行形で痛々しい怪我を負っている。


 今だけじゃない。一年も戦ってきたのなら……これまでも思い出したくない程。思い出させてはいけない程に大怪我を負い続けてきたのかもしれない。


(……ふざけんなよ馬鹿共)


 もし他の守護者の家系がちゃんとしていれば、灯はこんな怪我を負わなかったかもしれない。


(使わねえならその才能を寄こせよクソが。俺の手にそれがあれば……きっと……ッ)


 灯の助けになれたかもしれない。

 一人で辛い事をやって来た灯の隣で一緒に頑張れたかもしれないし、孤軍奮闘なんかさせずに隣で一緒に戦えたかもしれない。


 苦しみながらも一人で頑張る幼馴染を見ているだけの一般人では無かったかもしれない。


 そうやって自他ともに向けて憤りを感じながら、灯に問いかける。


「それで……灯一人で大丈夫なのか?」


「正直しんどいっす」


 灯は少々顔を俯かせてそう言う。


「今日も、今日までも、全ての敵を何とか倒してきたんすけどね……まあ正直ギリギリっすよ。大体戦う前の試算で勝率80パーセントって感じだったっすから」


 それを聞いて一瞬高く感じたが、その感覚は間違っているのだろう。

 なにせ80パーセント程で勝てるという事は、逆に言えばやり直しの聞かない相手に五回に一回の割合で負けるという事だ。

 灯の命と世界を賭けた戦いだと考えると、80パーセントはあまりに低い勝率。


 そして……今の大怪我を負った灯は勝った後。

 こういう結果で終わる事も、勝率に加算しているのだ。


 そしてこれは現時点の話。

 灯の表情が少しだけ重くなり、それから告げる。


「そして後半年程した段階で一度、とんでもなく強い化物が来る見通しっす。今の所私が一人で戦って勝てる確率は……高く見積もって10パーセントって所じゃないっすかね」


「10……」


「いやはや、人類大ピンチっすよ。なにせ現状のままだと九割方世界滅ぶんすから」


「……ッ」


 そして、仮にその10パーセントを突破できたとして。

 果たしてその未来の灯は無事でいられるのだろうか?

 一瞬最悪な未来を脳裏に浮かべてしまい、思わず言ってしまう……分かり切った無茶を。


「駄目だろそれ……そんなの駄目だ。なあ灯、その一般人みてえな状態の連中をどうにか──」


 どうにか戦えるようにはできないのかと。

 小さいころから力の使い方を覚えたり出力を強化する訓練を行ってきた灯の姿を知っているから、それが数か月や一年程度でどうにかなる話ではないと分かっていてもそう言おうとした所で……気付いた。


 ようやく気付いた。

 一連の会話の中の矛盾点と……早期に抱いた疑問の答え。


「……天池と戦っている理由、まさかこれか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る