2 幼馴染と大怪我
高級車での快適なドライブの末に辿り着いたのは影村重工本社ビルの地下施設。
機密ではない情報を探す方が難しいオーバーテクノロジーの宝庫。
この場所で、影村灯が待っている。
「……いくら灯の幼馴染かつ親父の息子だからって、こんな深部にまで足踏み入れられんのって違和感しかねえな。久しぶりに来て改めて思ったわ」
小学一年位の頃、父親に連れられて足を踏み入れて以来何度も此処には足を運んでいるが、本来であれば一度たりとも入る事が許されないような空間だ。
偶に本当に自分なんかが此処に居ても良いのかと不安になる。
「よく昔俺の事を連れて来ようって思ったよな」
「子供が此処の存在を知って言いふらした所で、漫画やアニメの見過ぎで中二病拗らせた位にしか思わんだろ。自分が関わっていてなんだが、それだけ此処の研究成果はイカれてるよ」
「まあ確かにそう思うわな。完全にそういう世界観なんだよ此処でやってる事。俺も他人からそんな話聞いたって絶対信じねえ」
何せ超能力がある事が前提で、全ての研究が進められている。
そんな話を外で話した所で、頭がおかしい奴だと思われるだけだ。
話さないし、信用もされない。
それにそもそも……話す気すら湧かない。
(言えるかよ……灯の足引っ張れるか)
ただでさえ自分は何もできないのだ。
にもかかわらず、足を引っ張る様な真似は絶対にしてはならない。
それは自分がしたい事と対極に位置する行動だ。
普段からそう心に決めているからこそ、天池の前で何も知らない一般人を演じられた。
灯や影村重工が何らかの理由で天池と戦っているのだとすれば、本当に下手な事を言わなくて良かったと思う。
(……あの状況で俺が喋らない事も織り込み済みなんだろうな)
そう考えながら父と共に施設内部を進むと、ある程度進んだ先の廊下で彼女は待っていた。
「あ、こんばんはっす、啓介さん」
普段のように明るい表情と声音……を明らかに無理して作っている顔色の悪い灯がこちらに向かって手を振っていて……それを見て、此処までに色々と考えていた事が全部吹き飛んだ。
「……ッ!? こんばんはじゃねえだろどうしたその怪我!」
「え、あ、あはは……まあ今こうして啓介さんに足運んで貰ってる通り、色々とあるんすよね。ま、まあとりあえず立ち話もなんなんで、どっかで落ち着いて今起きてる事の話を──」
「んな事どうでも良い! その怪我大丈夫なのか!? 顔色滅茶苦茶悪いけどお前それ寝てた方が……いや、立たせてんの俺の所為だ……その、悪い! ほんとごめん!」
「ちょ、何啓介さんが謝ってんすか!?」
「だって俺が連絡したから時間作ってくれたみてえなもんだろ!? いやこれ駄目だもう。出直すわ。そんな訳だ親父。何企んでんのかは知らねえけど、今日は俺帰るわ。撤収撤収」
「いや、ちょ、ストップストップ! 待つっすよ啓介さん!」
そう言った灯は折れてない方のか細い右手で啓介の手を掴む。
「確かにどう誤魔化そうかと思ったけどどうにもならない位には重症っすよ。滅茶苦茶痛いし体重いし滅茶苦茶痛いし滅茶苦茶痛いし! 割とマジでコンディション最悪っすよ今!」
「だったら尚更……」
「でもこんな状態な上に、巻き込むつもりが無かった啓介さんを此処に呼ぼうって決めたのは私なんす。パパや柏木さんや啓介さんのお父さん達が何かを企んでるのがきっかけだとしても、今日もう啓介さんに話しちゃうかーって思ったのは私の意思なんすよ。心配してくれるのはほんと嬉しいんすけど……その辺は汲んでくれねえっすか?」
「…………悪い。だいぶ頭に血ぃ上ってた」
諭すような声音で紡がれた灯の言葉に、少しずつ冷静さを取り戻す。
本当に血が上っていた。あれだけ声を荒げたのは久しぶりな気がする。
「ほんと滅茶苦茶血ぃ上ってましたよ。何が起きてるかの話をどうでも良いとまで言ってたっすからね」
「いや、お前が怪我負ってる事に比べりゃマジでどうでも……いや、でも怪我負った原因なんだろうし……うん、どうでもよくは……ねえわな。どうでもよくはない」
「よーし落ち着いてきたっすね。まあでも、それだけ取り乱す位心配してくれたのは素直にありがとうっす」
「当然だろそんなの。それで、実際怪我の方はどうなんだ?」
「まあ幸い壊れちゃいけない臓器はどこも壊れて無いっすね。体調悪いのも腕とか諸々治すのに体力持ってかれてるからなんで、外傷以外にどっかがヤバいって訳ではないっす。ああ、多分この腕だって私の読みでは月曜には完治してる予定っすよ」
「そっか……じゃあ一応一安心……って事で良いのかこれ」
安心して軽く息を吐きながら、改めて自身の幼馴染の凄さを。
守護者と呼ばれる超能力者の力の凄さを実感する。
守護者は超能力で身体能力を引き上げる事と同じように、治癒力も向上させる事ができる。
相当に体力を消費するらしいが破格の回復力だ。
だから冗談でもなんでもなく、三日もすればギプスも取れて完治しているのだろう。
「そうっすね。安心して欲しいっす。元気元気の超元気っす!」
「いや、それは嘘だろ」
「あ……はい、流石に嘘っす。まあでも病は気からとも言うじゃないっすか。そういうモチベで頑張る意思表示だと思ってくれれば」
「あんま無理すんなよマジで」
「了解っす」
少しだけ明るい声音でそう言った灯は、軽く咳払いしてから言う。
「じゃあこんな廊下で立ち話も何なんで、場所変えるっすよ」
「だな。お前をいつまでも立たせている訳にはいかねえし親父もそれで良いだ……ってあれ?」
そう言いながら振り替えるが、そこに父親の姿は無い。
「親父どこ行った?」
「ああ、啓介さんがヒートアップしてる間にすーって何処かに行ったっすね。なんか後よろしくって感じでした」
「何考えてんだ親父の奴……いや、此処まで俺を連れてくる事が目的だったと考えりゃ、やる事はやったって感じなのか」
「別に啓介さんのお父さんには頼んでなかったんすけど……これ最初から啓介さん迎えに行くつもりで、私が頼んだ人ともグルでスタンバってたって事っすかね」
「親父曰く、俺を迎えに来る所まで全部予定通りらしいからな。俺は予定通り天池と影村重工との戦いに巻き込まれて、予定通り此処に来てお前と話をしている。そういう事らしい」
「……やっぱそんな感じっすよね。ていうか啓介さん、その感じだとある程度何が起きてるか把握してるんじゃないっすか?」
「いや、俺が把握しているのはあの怪人が影村重工の人間なんだろうなって所までだな。気付けて言質も取れたのがそこまでで、そこから先の事はお前から聞けってさ」
「まあその為に来た訳っすからね。来て貰った以上、その辺はちゃんとやるっすよ」
「頼むわ。話せる範囲で良いからさ」
「知ってる事全部話すっすよ」
「相変わらず機密情報の管理が心配なってくるな」
「大丈夫っすよ。啓介さんだけの特別サービスっすから」
言いながら自然と歩き始めた灯の隣を歩き出し、一拍空けてから呟いた。
「お前から話聞ければ、俺を関わらせた理由見えてくっかな?」
「どうっすかね。私は現状さっぱりっすけど……うん、全然分かんないっす」
本気でその理由が分かっていないらしい灯は、口元に右手を添えてそう呟く。
そんな灯を見ながら。
大怪我を負った灯を見ながら静かに思考を巡らせる。
想定していた以上に大変な事になっている幼馴染相手に、自分にできる事が本当にあるのだろうかと。
一体何ができると見込まれて大人の力が働いているのだろうかと。
この一件に巻き込まれてからずっとそんな事を考えてる気がするが、それも致し方ないだろうと思う。
それだけ自分はどうして此処に居るのかが分からない程の凡人なのだから。
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