1章 オリジン
1 推理
ある日突然不思議な力に目覚められる程、この世界は甘くない事を啓介は知っている。
だからこそ自宅の前で迎えの車を待つまでの間、改めて今起きている事を脳内で整理した際に一つの違和感に辿り着いた。
「そういや……なんで俺はまださっきの一件の事を覚えてんだ?」
出雲啓介は世界の秘密を知っている。
一般人なら記憶を保持する事を許されず、処理されてしまう情報を知っている。
だがそれはあくまで影村灯の関係者という立場での特別扱いで記憶の処理が行われていないだけに過ぎない。
別に無作為に記憶を削除するような何かに耐性がある訳ではないのだ。
だから天池の言葉を信用するなら、今頃自分の記憶は消えていなければおかしい。
あの戦いに違和感を覚えた事が起点の行動は、どこかで途切れなければおかしい。
その時がもう少し先に設定されているのか……それとも。
「……まさかアイツら影村重工の人間って事はねえだろうな?」
これまで通り影村重工という組織の人間が自分を特別扱いしてくれているかの二択だろう。
自身が今な記憶を保持していられる理由はこの二択だ。
そして前者だとすれば、これまで巻き込まれて来た人間の記憶が消える前に、他の人間へと情報が渡る。
怪人騒ぎの情報が出回っている筈だ。
それが無いという事は後者の可能性が高くなるわけだが。
「もしそうだとすれば、灯達は一体何を考えてんだ?」
影村重工はその名の通り影村家、灯の家系が経営する日本有数の大企業だ。
あらゆる産業に根を張り、事実上この国の核と呼べる程の巨大な力を持つ企業ではあるが、それはあくまで表の顔。
裏では守護者と呼ばれる一般的に知られていない超能力者の力を解析し兵器転用を試みている民間の軍事組織である。
その技術力を発揮すれば都合の良い記憶の改竄も容易に行えるし、おそらく先の怪人を作る事も可能な筈だ。
そんな本気になれば簡単に世界を征服できるような力を、影村重工は有している。
だがその力を影村重工が悪事に利用するするとは思えない。
事実上組織のヒエラルギーのトップに立つ灯がそんな事をするとは思えない。
何せその実態はヒーローと、そのヒーローをバックアップする組織なのだから。
(つまりあれは……世界を守る一環って奴か?)
片手間で終わらせられるような事を放置せざるを得ない程に大きな問題が同時進行で起きているのではなく、怪人を用意し天池と戦う事も大きな問題の解決への一環という事なのか。
その答えは当然一人で考えていても出る事は無く、そして考えている間に住宅街を走るにはいささか浮いた高級車が啓介の前に停車する。
ゆっくりと運転席の窓が開き、そこから顔を出した中年男性が啓介に声を掛けてきた。
「よお、待たせたな」
「若干気まずいから見知った人がいいなとは思ってたけど、まさかの親父かよ運転手」
「悪いか? 俺だって影村の社員だぜ」
言いながら出雲雄介と書かれた社員証を見せびらかす父に、微かに笑みを向けて言う。
「いや、悪かねえよ別に。ありがとな忙しいのに」
言いながら助手席に乗り込む啓介。
「忙しいの分かってんならとっとと向かうぞ。あ、シートベルト締めろよ。日本帰ってきて早々切符切られたくねえからよ」
「最悪見つかっても警官の記憶消す位簡単だろ」
「馬鹿言うな、そんな小悪党みてえな事の為に影村の力を使えるか」
「分かってる。冗談だって」
「真面目に言うような奴だったら、実の息子でも記憶処理の一つや二つ位してるわ」
言いながらギアを変える父は影村重工の社員、なんて軽く纏めて良い人間じゃない。
現社長である灯の父親の親友にして、影村重工の重役。
裏の顔である軍事部門の主任を務める優秀なエンジニアだ。
少なくとも急な用件で社用車を走らせ高校生の息子を迎えに来るような立場じゃない。
そんな父に啓介は言う。
「しっかし迎えに来たのが親父って時点で色々と疑惑が確信に変わったわ」
啓介は軽く溜息を吐いてから言う。
「流石にマジで俺がヤベえ事に巻き込まれたんだとしたら、こんなに軽い登場はしねえだろ。つまりあの戦いに巻き込まれた俺を迎えに来てそういう事を言うって所まで全部予定調和だった訳だ。あの怪人だって多分親父達が関わって出来た代物じゃねえのか」
「やっぱお前なら気付くわな。色々知ってる訳だし勘も良い」
驚く様子もなく日常会話の延長のように父はそう言って続ける。
「そうだな、こういう会話をする事も含めて全部予定通り。あの怪人は影村重工製の最新型パワードスーツみたいなもんで、中の人だって影村重工の人間だ」
「やっぱそうか……一体何が目的なんだ。一年間も女子高生一人相手に寄ってたかってさ」
「その辺を知る為に今車乗ってんだろ。だったら俺から答えを言うつもりはねえ。灯ちゃんから聞けよ」
「あーまあ、分かった。そりゃそうだよな。今何が起きてて、灯や影村重工がどういう動きをしているのかみたいな話は灯から直接聞いた方が良いか。態々時間作って貰ってんのに勝手に情報仕入れるのはおかしいよな」
だから此処ではその答えを知っているであろう父親に尋ねる事はもうしない。
あくまでその答えについてはだが。
「でもこっちの質問には答えてくれよ。灯に黙って俺なんかを今回の一件の関係者にした理由は何なんだ?」
父は車内でこういう会話をするまでが全て予定されていた事だと言った。
だが先程連絡していた灯は、この一件に啓介が巻き込まれた事に対して本気で驚いていた様に思える。
つまり灯の想定していない動きが父達の計画に組み込まれているという事になる訳だ。
「これについては灯に聞いても答え出ねえだろ」
「出ねえだろうな。今頃この件に関わってる誰かが灯ちゃんにブチギレられてる頃だろうが、それでも誰も口は割らん。灯ちゃんにはその答えは届かない、届かせない」
「親父が俺に教えてくれたりってのは?」
「勝手に関わらせておいて無責任なのは百も承知だが言うつもりはねえ。お前をこの一件の関係者にするってのは、俺達の計画にとって超重要事項なんだ。悪いがある程度は俺達の掌の上で踊ってもらうよ」
「えらく丁重に扱われてんなぁ……俺なんかに何ができるってんだよ」
やれるだけの事を積み重ねても、普通の人間の域を抜け出せない。
有事の際にこの世界を守る使命と力を手にした幼馴染との距離は大きく突き放され、その背中を見守る事しかできない程度の自分が。
無計画に首を突っ込む程度の事しかできない自分が一体どんな役割を担えるのだろうか。
どんな形であれ自分に大役など担えるかどうかは甚だ疑問でしかない……疑問でしかないが。
「できる事はあるさ。何がとは言えんが、やれる事があるからこそ灯ちゃん以外皆一丸となってお前を巻き込んだんだ。俺達が灯ちゃんの意思に背いてまで動く位には重要人物だよお前は」
「……そうか。だったら良いな」
何も教えてくれなくても影村重工の大人達が皆、灯の味方なのは分かっていて。
そんな大人達が灯の意向を無視してでも啓介を関わらせたのだ。
きっと本当に何かできる事が有るのだろう。
啓介にしかできない何かが。
それが何かは分からないし、教えてくれない事に不満が無い訳ではないけどそれでも。
自分が関わる事が灯を支える事に繋がるのなら、喜んで大人達の掌の上で踊りたい。
「なんか知らねえけど、頑張れるだけ頑張るわ」
「おう、頼むわ。お互い頑張ろうな、やれる事をやれるだけ」
「ああ」
そんなやり取りをした後は、もう詮索するのは止めにした。
今はただ、その時々の感情に身を任せて全力で動いていけば良い。
それが少しでも灯の助けになるのだと信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます