3 怪人と黒幕
「それじゃあまた後で」
『おう、また後でな』
幼馴染みとの通話を終えた後、アホ毛が目立つショートヘアーの小柄な少女は血相を変えて通話履歴のとある人物の名前をタップする。
柏木さん。
つい先程まで、天池小夏と戦っていたであろう怪人の名前だ。
そして数コール後、静かで落ち着いた女性の声音が耳に届く。
『もしもし。そろそろ連絡してくる頃かと思ってましたよお嬢様』
「なら私が言いたい事分かるっすよね!? なんで啓介さん巻き込んでんすか!? 私そんな指示出してないっすよ!?」
『そうですね。確かにそういう指示は出ていませんでしたが……』
「出ていませんでしたがって……なんすかそれ、開き直ってるんすか!?」
『……そんな事より』
柏木は半ば強引に会話を断ち切って言う。
『おそらく啓介君にお会いになるのでしょう? お気持ちは分かりますが、こんな話をしている時間があるのならお早めにご準備なさった方がよろしいのでは?』
その言葉はまるで、自分達が襲った出雲啓介がこの件について灯を問い詰め、会う約束をした一連の流れを最初から想定していたようにしか聞こえなかった。
実際想定していたのだろう。
「……色々とわざとっすよね、この前の事も含めて。一体何考えてんすか皆……なんで啓介さんをこの件に近づけようとしてんすか」
天池小夏がこの一年間巻き込まれ続けている怪人事件の首謀者は影村灯である。
普通の一般人だった少女に戦いを強いているという、幼馴染が呼んでくれたヒーローという称号から程遠い作戦を実行しているのは影村灯である。
そんな首謀者である彼女は、作戦を開始する直前に自身の権限を最大限に使って出雲啓介を、本人に悟られないようにこの一件の中心地から遠ざけた。
彼が最後までこの一件に関わらないようにする為に、苦渋の決断をしたのだ。
それなのに帰ってこない筈の啓介が帰ってきた。
帰ってきてすぐにこの戦いに巻き込まれた。
それはどう考えても自分の知らない所で周囲の人間の意思が働いた結果にしか思えない。
そして申し訳無さそうに柏木は答える。
『……すみません』
謝罪はするが否定はしない。どうやらこのまま押し通すつもりらしい。
(……ほんと、何考えてんすか)
そう考え溜息を吐く灯だが、それ以上の追及はしなかった。
柏木が言う通り、これから啓介と顔を合わせるのだ。
あまり時間が無い。
圧し折れた左腕を誤魔化す言い訳を考えて、何でもないように振る舞えるように気持ちを整えなければならないから。
いつまでも医務室のベッドに沈んでなどいられなくて……それに。
『……もっと強く追求しないんですか? されても答えられませんが、お嬢様はもっと怒鳴り散らしたって良い筈なのに。それどころかお嬢様がその気になれば私達が何を考えていたとしても力ずくで……』
「……悪意がありそうなら話は別っすけど、無いのは何となく分かるっすから。だったら……そこまで強く言えないしやれないっす。隠さないで欲しいし、啓介さん巻き込むのはほんと止めて欲しいんすけど……一旦目ぇ瞑るっすよ」
いつも通り、柏木からは一切の悪意を感じられなくて。
自分が接する周囲の大人たちも皆、一切の悪意を灯に向けてこなくて。
だからこそ、これ以上はもう追及できなかった。
どういう意図で想定外の動きをしているのかが分からなくても。
自分が追求できない事が折り込み済みなのが分かっていても、それでも。
詳細が明かされない彼ら彼女らの行動が、善意に溢れた物であるのは声音を聞けば分かってしまうから。
おそらく啓介の事も悪いようにはしないという意思は伝わってくるから。
だからひとまずは目を瞑る。啓介を巻き込む事に頭を抱えたくなりながらも、それでも。
そして目を瞑る事にした今、この先に掛ける言葉べき言葉は追求ではない。
もっと掛けるべき言葉がある。
「とにかく……今日はお疲れ様っす。作戦に参加した皆さんにも良く休むよう伝えて置いて欲しいっす」
今はただ、労いの言葉を。
現在進行形で暴走こそしているものの、自分を全力でバックアップしてくれる、信頼できる大人達に感謝を伝えていかなければならない。
『いえ、私達は大した事なんてしていませんよ……お嬢様に比べれば』
「比べるようなもんじゃないっすよ。皆大変なのは同じっすから」
『同じじゃありませんよ……とにかくお嬢様も可能な限り休んでください。それでは』
心配するような声音でそう告げた柏木が通話を切り、灯も静かに息を吐く。
「同じじゃない……か」
言いながら、圧し折れた左腕に視線を落とす。
落としてそして、フラッシュバックしてきた光景に吐きそうになるのを耐えながら、ゆっくりと立ち上がり、身を引き締めるように呟いた。
守りたい人達を守り抜く為に。
圧し掛かる重圧から逃げ出してしまわないように。
「……揺れるな。保つんだ、自分を強く。私が世界を救うんだ」
ほんの少し、震えた声音で。
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