2 本物のヒーローと幼馴染

「……どうもこれ、結構ややこしい事になってそうだな。いくらなんでも不可解すぎんぞ」


 現場に残された男子高校生、出雲啓介いずもけいすけは目の前で展開されていた異能バトルを振り返り、然程動揺する事無く落ち着いた様子でそう呟いた。


 あの戦いをすんなり受け入れ適当な軽口を叩きつつ、今こうして大真面目に呟ける程度には、彼はこの世界の秘密を知っている。


「天池の奴……孤軍奮闘って言ってたな。それはおかしいだろ」


 出雲啓介は特別な力など何も持たない普通の少年ではあるが、自分を明確に普通と定義できる程度には普通ではない人間の存在を認知している。


 小さな頃からずっとその背中を見て来たから良く知っている。

 だからこそ、あまりに不可解なのだ。


「なんでアイツが関わってねえんだ」


 関わっていなければおかしい人間が関わっていない事があまりにも。


(……一人で考えても答え出ねえな。躊躇う事はねえ。本人から事情を聞き出す)


 啓介はポケットからスマホを取り出し、通話履歴の一番上の名前に視線を落とす。

 そこにあるのはこの街に住む本物のヒーローの連絡先。

 躊躇うことなくそれをタップするとすぐに威勢の良い明るい女の子の声が耳に届いた。


『もしもーし。どしたんすか啓介さん!』


「ああちょっと色々聞きたい事があってよ。わりいなあかり。こんな時間に急に電話して」

『良いっすよ良いっすよ! 啓介さんからの電話なら割といつでもウェルカムっす!』


 テンション高めにそう受け答えする少女の名は影村灯かげむらあかり

 啓介の一つ下の幼馴染であり……そして誇張なく、世界を守るヒーローだ。

 本来であれば、天池を孤軍奮闘になどさせてはいけないポジションの少女だ。


『で、なんすかなんすか! いつもみたいにゲームかなんかのお誘いっすか! いや、ちょっと待ってください、明日土曜なんでどっか遊びに行く打ち合わせだったり……とかじゃ無さそうっすね、うん』


 徐々に徐々に落ち着いた声音になっていく灯に対して啓介は言う。


「良く分かったな」


『なんかそういう感じの声音じゃなかったっすからね。私には分かるっす」


「流石だな。すげえわ」


『去年一年以外はほぼずっと一緒に居たっすからね。啓介さんの事は割とそれなりに分かるっすよ!』


「それどの程度だよ。なんか微妙じゃね?」


『絶妙って言って欲しいっす。自分以外の事をそれだけ分かってたら十分っすよ多分』


「一理あるわ。俺もお前の事は割とそれなりにしか分からねえけど充分って事だな」


『それどの程度っすか、なんか微妙じゃないっすか!? なんか悲しいんすけど!』


「お前自分の発言振り返ってみろよ」


『……で、どしたんすか? あんまり軽い話する感じじゃないんすよね。そろそろ本題行きましょうか。わいわい雑談はまたの機会にって事で』


 灯の声音が真面目な話をする時の物に切り替わった事を感じて、啓介は話を切り出す。


「じゃあ単刀直入に聞くぞ……今なんか起きてんだろヤバい事が」


『……え?』


「すっとぼけんなよ、分かんだぞ、俺もお前の事を割とそれなりに分かるんだからな。お前は今何かデカイ問題にぶち当たっている。ちょっとした問題に対処できない位にでかいのにな」


『質問を質問で返してほんと申し訳ないんすけど……そっちでなんかあったんすか?』


「あったよ、色々と不可解な事が」


『その辺、啓介さんの都合が悪くなければ教えて貰っても良いっすかね?』


「勿論。そのつもりで連絡してんだ」


 そして啓介は一拍空けて考えを纏めてから言う。


「なんか日曜朝にやってる特撮物の怪人みてえなのに襲われた」


『……ッ!?』


「で、俺のクラスに天池小夏っていう女子が居てな、そいつがお前程じゃねえけど人間離れした力で怪人シバキ倒してたんだわ。天池曰く一年近く孤軍奮闘なんだと……そりゃおかしいだろ。あんな人間離れした異能バトルが起きているなら、きっとお前ならどこかで首突っ込んでる筈だ。まさか知りませんでしたって事はねえんだろ」


「……」


「お前は何かが起きている事を知っているにも関わらず天池の問題に首を突っ込んでいなかった。それはつまりそれだけの理由があるって事なんだろ。それをお前に聞きたい。面倒くせえ話で悪いけど、俺が今日お前に連絡したのはそういう理由だ」


『……これ変に誤魔化しても絶対納得しないっすよね』


「ああ、滅茶苦茶詮索しまくるな。あらゆる手を使って調べるぞ俺は」


『やっぱそうっすよね……良くも悪くも悪くも悪くも頑固っすから啓介さんは』


「それじゃ完全に短所じゃん……ま、まあそれはともかく。誤魔化す云々の話をこうやってしてるって事は、やっぱ何か起きていて隠すつもりも無いって事だな」


『隠しても無駄そうっすからね……はい、起きてるっすよ。エグい位色々起きてるっす』


 諦めたように軽くため息を吐いてからそう言った灯は啓介に言う。


『今啓介さん何処にいるんすか?』


「ん? 俺んちのすぐ近くのコンビニ辺り」


『じゃあ一旦家に帰ってください。すぐに車を向かわせるっす』


「今から口頭で話聞けるんじゃないんだな」


『世間話みたいに軽くできる話じゃないっすからね。後は……少しだけこっちでも調べる事ができたんで。若干時間が欲しいっす』


「了解。にしても悪いな、色々無理言って。最近近くに居なかったとはいえ俺が知らなかったって事は、元々教えるつもりが無かった事なんだろ?」


 影村灯は話さなくても良いような事もすぐに啓介に教えて来るという、過去というか前科みたいな物が心配になるほど積み重なっている。


 だから今回の件で動けなくなるような問題を裏に抱えていて、それでも啓介に何の連絡もしなかったという事は、この情報を伝えないと決めていた筈なのだ。


『まあそうっすね。話すつもりは無かったっす。でも良いですよ別に。啓介さんのそういう人の問題にすぐ首突っ込むの、嫌いじゃないっすから』


 どこかリラックスした風にそう言った灯は、噛み締めるように一拍空けてから言う。


『それじゃあまた後で』


「おう、また後でな」


 そんなやり取りを交わして通話を終了する。


「……さてと」


 灯に言われた通り自宅に向かいながら、深く重く言葉を紡ぐ。


「……こうして首突っ込んで、何ができるつもりなんだろうな俺はよ」


 出雲啓介は世界の秘密を知っている。

 ただそれだけ。

 それだけの一般人だ。


 先程のような比較的低レベルの戦いですら、傍観者でしかいられない。


 そんな自分を長らく変えられはしなかった。

 変えようとしても変えられなかった。

 その程度の人間に、一体が何を変えられるというのか。


 それは分からないが、それでも。


「それでも……やるんだ。やれる事をやれるだけ」


 無我夢中に歩みを進める。

 己が衝動に身を任せて、支えたい女の子を支えるために。

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