正義の味方育成計画

山外大河

序章 ターニングポイント

1 ヒーローになった女子高生の話

 自分の人生のターニングポイントは何時かと問われたとして、馬鹿正直に答えられるかどうかはともかくその答えは一年前、高校一年の春だと黒髪長髪の少女は思う。


 少女、天池小夏あまいけこなつは高校進学のタイミングでこの地方都市に引っ越してきた訳だが、それに伴う人間関係や環境の変化はその答えの核にはなり得ない。


 元々進学先が分かれ人間関係が変わるタイミングであった事もあり、態々クローズアップするような事では無いように思える。思えてしまう。


 残念ながらそんなビックイベントは、比較的ちっぽけな変化と言わざるを得ないから。


「あーもう! 何回シバキ倒せば湧いて来なくなんのよコイツら!」


 今日も小夏は自身の周囲に展開された状況に対して、苛立ち交じりにそう叫ぶ。

 その拳で怪人を殴り飛ばしながら。


「よしこれでまず一体!」


 そう、この町には怪人が出る。


 時間も場所もお構いなしで空間を遮断するような異空間を作り出し、その中に閉じ込めた人間を襲う。特撮番組とかに出てきそうな、人外染みた力を持つ怪人がだ。


 転校してきてすぐにこの怪人騒動に巻き込まれた小夏は、何故か超能力に目覚めた。


 そしてその力でその場を切り抜け、以降も戦い続けている。


 被害者が解決後事件の一切の記憶を無くし、誰もこの都市でそんな事が起きているという事を知らない中で、小夏だけが記憶を維持し、戦う力を持ち、近くで怪人が出現した事を感知できるから。

 現場に乗り込んで解決できるのは自分しかいないから。


 だから今日もやりたくも無い深夜外出の末、人通りの少ない路地で殴り合いをしている。

 ターニングポイントの末に小夏が送っているのはそういう非日常だ。


「えーっと、後何体? 一、二、三、四……うわ、五体も居るじゃん、ふっざけんな面倒臭い! というか一年も戦っててこっちだけずっと孤軍奮闘っておかしいでしょ良い加減!」


 特撮みたいな敵と戦っているのだから、こちらにだって追加で味方が増え無いのはおかしいと愚痴るが、それで誰かが手助けしてくれる訳でもない。

 結局どれだけ文句をたれようと、やる事は変わらない。


「まあいいやさっさと終わらせよ。急げば多分……推しの配信リアタイできる!」


 そう言って気合を入れ直し、怪人の側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。


     ◇◇◇


 倒れた怪人はやがて何処かに転送されるように消えていく。

 いつも通りだ。

 いつもこんな風に消えて無くなるから、敵の正体も全く分からないまま。

 その最後の一体を見送った後、小夏は今日の被害者に声を掛けた。


「これで大丈夫。えーっと、怪我はない? 出雲……えーっと、啓介君、で良かったよね?」


「お、おう。俺は大丈夫だけど。っていうかちゃんと名前覚えててくれたんだな」


「そりゃアンタみたいなインパクトしかない人間、覚えない方が難しいでしょ」


 今回異空間の中に囚われていた被害者は、小夏のクラスメイト。

 今日転校してきたばかりの男子生徒だ。

 そんな彼は普通の転校生と比べると、色々と癖が強い経歴の持ち主である。


「皆に泣きながら見送られてアメリカに行ったと思ったら速攻で日本に帰ってきた感じなんだよね。そりゃ……なんか面白い経歴の奴って感じじゃん。忘れない忘れない面白いし」


「おいお前笑い事じゃねえんだぞ。こっちは今生の別れみたいなノリだったんだ。それが一年足らずでカムバックだ。めっっっちゃ恥ずかしいんだぞこっちはよぉ!」


「でも楽しそうだったじゃん。凄い良い感じの帰還でしょこれ」


「そりゃな。向うも悪くなかったけど、馴染みある連中と居た方がうぇーいって感じだろ」


「あ、それは分かるわー。まあ私の場合こっちも結構良い感じだからどっちでもうぇーいって感じだけど」


「そういやお前も去年こっち来たんだっけ。ふはは転校生仲間……いや、ちょっと待ってくれ。うぇーいってどんな感じだ? 自分で言ってて良く分かんなくなってきたんだけど」


「アンタ急に梯子外すじゃん」


「Sorry!」


「うわ、発音ネイティブで腹立つぅ!」


「で、それよりも」


 これまでこんな状況に巻き込まれたにも関わらず軽口を叩いていた出雲は、打って変わって真剣な声音で小夏に問いかけてくる。


「さっきのは一体なんだ。今お前の周囲で何が起きてる」


 とても真剣な声音と眼差しだ。

 おそらく小夏が知っている現実離れした話を全て話したとしても、出雲は否定する事無く馬鹿にすることも無く受け入れてくれるだろう。

 彼からはそういう雰囲気を感じた……だけど。


「あーどうせこの事でしょ。パスパス悪いけど。ほんと悪いけどごめん」


「は?」


 そんな相手でも今起きている事の説明は極力したくない。

 別に隠さなければいけないだとかそういう訳ではなく。

 信用できないという訳でも無く……もっとシンプルな理由で。


「何を言っても後で全部忘れるし、何事も無かったように出雲君も日常に戻ってる感じになるから。だから今此処で出雲君は何も知らなくても良いよ。というかいちいち説明するのダルい。時間も無いし」


 そう言って小夏は踵を返す。

 例え懇切丁寧に説明しても明日には全ての事を忘れているだろう。


 最初の方に助けた人間は皆そうだった。


 出雲も経歴こそ普通では無いが、それでもやはり自分のような人間と比べれば普通よりの人間で、ほぼ間違いなく彼も今日の事は忘れてしまうのだろう。

 だったら優先すべきは、申し訳ないが自分のプライベートだ。


「あ、おい!」


「じゃあまた明日学校で。私今日これから観たい配信があるから帰る!」


 言いながら、小夏はその場から走り出し、自身のプライベートへ戻っていく。

 こうして天池小夏は今日も不本意ながら行っているヒーロー活動を終えたのだった。

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