第48話 救出5

 悠介は番屋に近付くと「ごめん下さいまし」と声をかけて引き戸を開けた。

「ちょいとお尋ねしたいことがありまして」まで言ったところで、その後が続かなくなってしまった。番屋の中の光景が続きを悠介に言わせなかったと言った方がいいだろう。悠介の目に映ったのは、手足を縄でくくられた奈津が大きめの行李に押し込められているところだったのだ。

 悠介は思わず「お嬢さん!」と叫んだ。奈津は悠介の声に気づいたのか、半べそをかきながら頭を持ち上げて悠介と視線を合わせた。何か唸っているようだが、猿ぐつわをかまされていて何を言っているのか聞き取れない。

 これは梧桐を呼んだ方が良いと判断した悠介が番屋を飛び出したところ、襟首をつかまれて引き戻されてしまった。小柄で華奢な悠介も抵抗虚しく縛り上げられ、奈津とは別の行李に押し込められた。

 行李に入れられたということはどこかへ運ばれてしまうのかもしれない。ここは潮崎だ、最悪の場合このまま海に沈められることも考えられる。なんとかして奈津を助けたいが、自分がこの状態ではどうにもならない。あとは梧桐が異常事態に気づいてくれるのを待つだけだが、その前に二人とも殺されてしまうかもしれない。

 とにかくここは暴れても体力を消耗するだけだ。梧桐に任せて自分は落ち着こう。

 悠介は肚をくくった。


 梧桐は悠介が番屋に入っていくのをハラハラしながら見ていた。アイツは本当に何でもない事のようにひょいひょいと行ってしまう。お嬢さんといい勝負だな、などと考えていると、入ったはずの悠介が急に飛び出してきた。

 どうした? 何があった?

 そう思う間もなく、その襟首をつかむ黒い羽織の手があった。悠介はその手にあっさりと番屋に引き戻されてしまい、そのまま番屋の引き戸は音を立てて閉まった。間髪おかずに心張り棒をかける音がする。これは誰にも見られたくないということだ。

 お嬢さんと悠介は大丈夫なのだろうか。今「迷子を捜してるんですが」なんて顔を出すのは間抜け以外の何物でもない。

 梧桐は注意深く番屋に近付くと、中の様子を窺った。だが何の物音もしない。時折、男の低い声がボソボソと聞こえる程度だ。あまり近付きすぎても怪しまれるので少し離れて監視を続けていると、唐突に引き戸が開いて中から黄八丈が飛び出してきた。猪助だ。どうやら手ぶらのようだ。どこへ行くのか。

 さっき悠介の首根っこを掴んで引きずり込んだのは黒い羽織だったところを見ると、あれは猪助じゃない。もう一人中にいる。そいつがお嬢さんと悠介を見張っていて、猪助をお使いに出したと考えるのが妥当だろう。

 と思っていると、先程の猪助が大八車を引いて戻って来た。

 何かを運ぶのか。待て、あの番屋の中には二人がいる。二人が連れ出される可能性もある。

 しばらくして、猪助が重そうな行李を中から運び出し、大八車に積んだ。中から同心羽織が出て来た。あれが熊谷慎一郎というヤツか。猪助がもう一つ行李を運んで来る。二人でその二つの行李を大八車に括り付け、何処かに運ぶようだ。その隙に番屋の中を覗くのも手だ。

 梧桐は二人が大八車を押して去っていくのを見計らって番屋に近付いた。この中に二人がいるに違いない。

「ごめんください、お尋ねします」

 何食わぬ顔で番屋の引き戸を開く。当然、熊谷と猪助はいない。

 だが。悠介とお嬢さんの姿もない。どうなっているのか。

 まさか、あの行李の中!

 梧桐は慌てて番屋を飛び出し、熊谷と猪助が向かった方に走った。まだ近くにいるはずだ。

 ここで取り逃がしたら、あの二人がどうなるかわかったものではない。何が何でも見つけ出さなければ。だが潮崎の地理には明るくない。ここは地元の人間を味方につけるか。

「すまないが、熊谷の旦那を見なかったか」

 いきなり声をかけられた小間物屋の親父は「熊谷の旦那?」と首を傾げたが、ちょうど客が「ああ、大八車を押してあっちへ行くのを見たよ」と教えてくれた。

「すまんな」

 大八車を押す同心羽織と黄八丈だ、目立つに決まっている。誰彼かまわず聞いていれば誰かしら見ているはずだ。そして彼は何人にも声をかける前にその大八車を見つけた。梧桐はそのまま目立たないよう静かに追跡を開始した。

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