第十二章 救出
第44話 救出1
さすがに雨の夜道を子ども二人で帰らせるのは気が引けたのか、梧桐が佐倉の屋敷まで二人を送り届けた。その帰りに徳利二本を調達して来るのも忘れない。
これから夜っぴて三郎太の帰りを番屋で待つのだ、勝五郎と二人、お茶だけで終わるわけがない。案の定、戻って来た梧桐の手に徳利が下がっているのを見て勝五郎はニヤリと笑った。
「実はこっちも味噌があるんだ、コイツを舐め舐め飲むのがいいんだ」
「それは良かった。実は弐斗壱蕎麦の旦那にざる蕎麦を頼んできた。蕎麦が来るまで味噌で飲もう」
勝五郎と梧桐はウマが合うのか、酔わない程度に酒をチビリチビリやりながら話し込んだ。
そのうちに弐斗壱がやって来て岡持ごと置いて行った。空いた器をそこに入れておけと言うことだ。
岡持の中には徳利に入った蕎麦つゆと二人前の蕎麦の他に、瓜や
弐斗壱の厚意に甘え、二人は蕎麦と豆腐をつまみながら話しこんだ。時間はたっぷりある。
まずは明日子供たちを連れて潮崎に行く梧桐に、基本的な事を教えておかなければならないだろうと、勝五郎はゆっくり口を開いた。
「潮崎の同心、熊谷慎一郎ってんだが、あの旦那がなかなかに切れ者らしいんだ。潮崎で見つけた罪人は、
梧桐は手に持った御猪口をクイっと空けると、静かに盆の上に置いた。
「優秀な人間は人を騙すのにも長けている」
「ああ、そりゃまあそうだが。熊谷の旦那が悠一郎を襲わせる意味がわからねえ。猪助の独断だったとしても、その意図がつかめねえ」
「誰かがその熊谷に依頼したということはないのか」
「あるとすりゃあ、悠一郎が活躍すると都合が悪くなるやつだろうな。船戸様のお屋敷の唐紙の絵師に、紅秋斎、鉄宗、悠一郎が名乗りを上げている。その中でも悠一郎はかなり有力だったらしいな。悠一郎がいなくなって喜ぶのは紅秋斎と鉄宗か」
そこまで言って瓜の漬け物を口に放り込んだ勝五郎は「でもな」と続けた。
「先日の悠一郎の葬式の時に俺も行ったんだが、紅秋斎も鉄宗も来ていて、二人ともそりゃあ残念がってた。あれは芝居には見えなかったな。鉄宗は涙を流しながら唐紙の件は辞退したいと言ったらしいからな」
「それも芝居ってことはないのか」
勝五郎は「うーん」と顎をさすった。
「俺には芝居かどうかわかんねえんだよなぁ。少なくとも俺にはそうは見えなかった」
「いずれにしろ、熊谷と猪助の動向を調べないとわからんな」
そこから先は熊谷と猪助の話題が続かず、悠介と奈津と三郎太の話で二人は盛り上がった。
翌朝、まだ薄暗いうちに佐倉の屋敷を出た悠介と奈津は、番屋で待っていた勝五郎と梧桐に急いで報告した。
「実は昨日の深夜に三郎太さんについて行ったにゃべが一人で戻って来たんです」
「にゃべ?」
一瞬首を傾げる勝五郎に、梧桐が「猫だ」と補足を入れる。
「そのにゃべの首に古い印籠がぶら下がってたんです。印籠を開けたらこれが」
奈津が紙を開いて勝五郎と梧桐に見せると、二人は急に渋い顔になった。
「これは辰吉が死んだというこったろうな」
「それしかあるまい」
「これをにゃべに託したということは、三郎太は戻って来られない理由があるか、自分の意志でもう少し監視を続けるってこったな」
「後者であることを祈ろう」
まったく昨夜の酒の影響を受けていない梧桐は「では行って来る」と勝五郎に一言だけ告げて二人の子供を連れて出発した。なんとも淡々とした男である。
「昨日はあれからどうした」
「事の次第を父に報告しました。わたしが潮崎に行くことを告げましたらとても反対されました」
「よく許して貰ったな」
「梧桐さんも一緒だと言いましたら、それならと了承してくれました」
「あまり期待されても困るんだが」
それから三人はそれぞれの持つ情報を共有して(と言っても、ほぼ同じ事しか知らなかったが)歩きながら作戦を立てた。
「分業しましょう。わたしは同心たちの評判を聞いて回ります。梧桐さんと悠介さんは三郎太さんを探していただけますか」
「あたしたちも三郎太の兄さんを探しながら、ついでに同心たちの評判を聞いて回るよ」
悠介の提案に、奈津は眉根を寄せた。
「それはやめた方がいいと思います。二人は目立ちすぎるから、そういうことはなさらない方がいいわ。三郎太さんを探すとなると危険が伴うでしょう。梧桐さん、悠介さんのこと、よろしくお願いします」
「お嬢さんに護衛は要らんのか」
「わたしは一人の方が動きやすいわ。こんな女の子一人なら、みんな親切にして下さるでしょうし」
十歳にして女を武器に使うとは末恐ろしい。
明け六つの頃に出発した三人は楢岡に着いてもまだお店を開けるには早すぎる時間だったので、そのまま楢岡を通り過ぎて潮崎へ向かった。潮崎に到着する頃には、町が完全に目覚めていた。
「ではここで二手に分かれましょう。お昼頃にまたここで落ち合いましょう」
そう言うと、奈津はさっさと踵を返して行ってしまった。悠介と梧桐はそれを見送って肩を竦めた。
「行動力のあるお嬢さんだ」
「ええ、正義感が強くて気持ちが先走り過ぎてしまうこともありますが、全く動かないお飾りのお嬢さんよりはずっといい」
「さて、我々も行くか」
二人は三郎太の探索を開始した。
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