第2話 悠介2

 七歳になり、いいかげん教養を磨くのも芸事に勤しむのも飽きてきた悠介は、自分も働きたいと言い出した。働くと言ってもまだほんの七つだ。八つ九つになれば奉公に出る子もいるだろうが、七つはずいぶんと早い。だが、禿かむろには同い年の女の子だっている。

 そもそも悠介の飯代や着物代は柚香の稼ぎから出ていたため、特にタダ飯喰らいというわけではなかったが、それでも悠介のたっての希望ということで、奉公に出たつもりで働けばいいと楼主は許可を出してくれた。

 まだ七つの悠介にできることは掃除くらいしかなかったが、教養があるせいか客受けが良く、すぐに店の看板になった。

 柏華楼には当然女遊びを目的に来る客しか来なかったが、お目当ての女がいない客は悠介と将棋や囲碁を打った。客は七つの子供が相手なので飛車落ちや角落ちなど気を使ってくれるが、頭のいい悠介は手合い割りをつけてやればあっさり勝ってしまう。驚く客相手に母から教わった通り「花を持たせてくださってありがとうございます」と礼儀正しく言うので、ついつい客もお駄賃を上げたくなってしまう。中には扇子や綺麗な巾着などをくれる客まで出て来た。

 賢く美形なうえに腰の低い彼は大人気になり、悠介目当ての客まで来るようになってしまった。

 こうなっては楼主も遊女たちも、水揚げの済んでいない新造しんぞう禿かむろといった女の子たちも悠介に注目するようになる。自然と彼女たちは自分のお古の着物を悠介に下ろしてあげるようになり、彼は普段から女ものの着物を着るようになった。そのせいか美的感覚も磨かれて行き、中性的な美しさが備わっていった。

 それでも基本的に彼は下働きなので、掃除や洗濯、布団干しなど、小さな体で進んで仕事をこなしていた。


 そんな生活を二年ほど続けていて、悠介が九つの時に柚香の体に赤い疱瘡ほうそうができ始めた。花柳病かりゅうびょうである。

 花柳病は遊女たちとは切っても切れない関係だ。しかも一度感染すると確実に死に至る。柚香はこのあと悠一郎が身請けに来たとしても、ついて行くことはできない。この廓を出る時は、もう死体となっている時だ。

 花柳病は伝染性の病なのでいくら動けると言っても仕事ができなくなってしまった。他の遊女たちと一緒にいるわけにはいかず、部屋も隔離され、まだ若いのに日に日に元気がなくなって行った。日毎弱っていく母を見ながら、悠介は母の分も必死に働いた。

 楼主は母子を追い出したりはしなかった。柚香の人気が廓を支えていた時期はとうに過ぎていたが、今では下男の悠介の人気が柏華楼を支えていると言っても過言ではなかったからだ。

 だが悠介の看病虚しく、彼が十歳の誕生日を迎える前に母は亡くなった。廓であれだけの人気を誇った柚香も、死んでしまえばただのむくろだった。悠介はその日まで「今日かもしれない、明日かもしれない」と思いながら過ごしてきたので、さほど動揺しなかった。来る時が来た、とだけ思った。

 こういう店の裏には大抵寺がある。そして花柳病で亡くなった遊女たちはここで弔われるのだ。母も例にもれず柏華楼の裏手にある寺で、先に亡くなった遊女たちと一緒に葬られた。悠介は一筋の涙も流さずそれに立ち会った。悲しくなかったわけではない。ただ、生き物の理として、生まれたからには誰でもいつか死ぬと考えていただけだ。そういう意味で彼はあまり子供らしくは無かった。

 母の弔いが済んで廓に戻ると、今までと何か空気が違うのを感じた。みんなが自分に気を使っているのが分かったのだ。歳の割に大人びていた悠介は、その空気を心地良く感じなかった。いつもと同じように接して欲しいのに、何か特別扱いされているように感じたのだ。

 そこで悠介は考えた。自分はここにいる意味があるのだろうか、と。

 今までは柚香の子としてここにいた。女の子ならばここで生まれた子は確実に禿になる。そして、先輩遊女たちの仕事ぶりを見て新造となり、水揚げが済めば晴れて一人前になる。

 だが男の子で廓に居座る意味はない。母と一緒に出て行くか他所の家に養子として引き取られるかである。

 母が亡くなったことで、悠介は店にいる意味がなくなったのだ。もちろん柏華楼としては遊女のつなぎの時間に悠介がいてくれると客を無駄に待たせずに済むので彼の功績は大きいと感じていたが、なにしろ本人がここにいる意味がないと言う。

 結局、楼主や遊女たちに引き留められても彼の意志は固く、ここで稼いだお金を持って出て行った。

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