第2話 めろんぱん

 翌日。おれは設定しておいたアラームの1時間前に目が覚めた。いつもと違う部屋、いつもと違うベッドで寝ると大体早めに起きてしまう。二度寝する気にもなれなかったおれはシャワーを浴び、コーヒーを淹れてトーストを食べ、おろしたてのブレザーに着替えた。今日からオリテンが始まるのだが1時間も猶予ができてしまったな。おれはなんとなく散歩をすることにした。


 4月の朝はまだ肌寒く、冷たい風が吹いている。だが、雲ひとつない空と心を温めてくれるように太陽が燃えているため、とても心地よかった。

とりあえずコンビニにでも行くかとアパートから1番近いコンビニに向かって歩き出すと、成瀬七海の姿が目に映った。こちらに気づいた成瀬は、手を振りながら小走りでこちらにやってくる。

「おはよう!心地の良い朝だね。青井くんもお散歩?もし良かったら一緒に歩かない?」

成瀬はきっとクラスの中心人物になるであろうから仲良くしておいて損はないか。


男子からしたらかなり羨ましいシチュエーションだな。そんなことを思っていると成瀬がニヤニヤしながら聞いてきた。

「唐突だが青井くん、ずばり、気になる女の子はいたかな!?」

「本当に唐突だな。」

成瀬がケラケラ笑っている。

“高校生の会話”を徐々に思い出す。

「逆に成瀬はいるのか?」

「一応全員と話したけど、青井くんが1番気になったかも!」

思ってもなかった言葉にどう返答するか困ってるおれを見て成瀬は慌てて訂正する。

「いやその友達として?っていうかなんというか…。でも、なんかオーラを感じた!」

「なんて言えばいいかわからないが、ありがとう。

じゃあ、こっちからも質問をするがなんで成瀬は昨日全員と喋ったんだ?」

「そんなのこのクラスで勝ちたいからに決まってるよ!でも勝つにはリーダーの存在がいる。だから念のためどんな人がいるかを知っておけばまとめやすいと思ったんだ〜。」

この行動力がこの成瀬を中心人物として仕立て上げる所以か。きっとこれからもクラス全員の色んな情報を掌握することになるであろう成瀬。

そしてクラスでももうすでに人気が出始めている。

行動力がある人材は確かに必要だが、やりすぎて裏目に出ないようすぐにバックアップできる体制を整えておくか。

それから他愛もない雑談を交わし、最後に“LINE”を交換することにした。

今クラスの男子の中で1番欲しいモノと言っても過言ではないモノを手に入れてしまった。



 それからおれたち1年生は、全員学校に集合しそれからクラスで分かれてバスに乗った。

バスの座席は昨日プリントとして配布されていて、左2列が女子、通路を挟んで右2列が男子で、横4列、縦11列の計44人席と1年4組、つまりうちのクラスの人数分用意されている。男女で席を分けたのは賢明な判断だ。ただでさえ、初対面の相手が隣に来るのに、その相手が女子だったら参ってしまうという男子も少なくないだろう。


 なんやかんやでサービスエリアに着いたおれたちは20分ほどの休憩が設けられた。

ほとんどの生徒がトイレで用を足し、各々自由に好きなものを買っていた。入り口付近には屋台もあり、たこ焼きや牛串の匂いが食欲を増進させる。

おれは適当に回ることにした。

当てもなく歩いていると、あるメロンパン屋の前で己の欲と葛藤している黒川の姿が映った。

自分の財布をぎゅっと握りしめて、メロンパンをじーっと見ている。なんだかその姿が面白く見えておれは黒川に話しかける。

「そういえば昨日、メロンパン好きって言ってたもんな。」

「ひゃっ!」といつものクールな声からは想像できない叫び声をあげた。

すると、ちょっとムッとしたように口を尖らせて、

「うるさい」

と呟いた。

申し訳ないことをしたなと思う反面、黒川の様子が可笑しくてよくやった自分と自画自賛をした。

バスがもうすぐ出発するため、おれはその場を離れようとすると黒川がちょっと待てと呼び止めてきた。

きょとんとおれが首を傾げると、

「あ、青井くんも買って。1人で食べると欲に負けた感じがするけれど、ふ、2人で一緒に食べれば罪悪感はなくなるから…。多分…。」

と顔を赤らめながら言った。

よくわからんと思いながらも、小腹も空いていたからおれも買うことにした。

2人で外にあるベンチに座り、時間ギリギリまでメロンパンを食べた。隣の黒川は幸せそうに頬張っている。黒川渚。外見は大人っぽく、固い印象があるが実は結構子供っぽいところもある。

外はカリカリ、でも中はホクホク。

まるでメロンパンみたいなやつだ。とおれは意味のわからないことを思った。


 おれはギリギリバスに駆け込み、席に座った。ちなみに黒川は勘違いされたら嫌だという理由で、おれより先にバスに乗った。さすがのおれでも傷つくよ。

まだ半分残ってるメロンパンをゆっくり食べていると、担任に桜からオリテンの詳しい説明がなされた。

初日、つまりこれからおれたちは宿に着いたら軽い筆記試験を受ける。国数英の3教科で各20分の計60分だ。それが終わったらお風呂に入り夕飯を食べ、ホームルーム(主にクラス委員長決め)をやり自由時間といったところだ。

予想外だったのは2日目。

ここでは早速クラス対抗で“ゲーム”が行われるらしい。詳しいゲームの内容は2日目の朝礼で説明するそうだが、これからの3年間の激戦の前哨戦といっていいだろう。

桜が一通り説明を終えたところで、”柳澤晴人“が挙手した。

「桜先生、テストを受ける理由を教えてください。」

きっとほとんどの生徒が気になっていたことを聞いてくれた。さらにその自信のある声。おれの経験上、柳澤もクラスの中心人物になると確信した。

柳澤の質問に桜が答える。

「いちばんの理由はみんなの現状の位置を把握することかな!4クラスのなかでどれだけ頭が良いのかを知るためにやるの。まあ、勉強だけが全てじゃないんだけどね。」

そしてその勉強以外の分野を2日目の”ゲーム“で必要とするのか。

要するに学校の方針を理解するために行なっているのがこのオリテンということだ。


何はともあれ、”これまで“と違う日常に、おれは少しワクワクしていた。

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