第1話 はじまり

 ここ一等大学附属高等学校は、名前の通り一等大学の附属校である。ちなみに一等大学は日本でトップレベルの大学であり、一等大学に入学すれば人生安泰、いやそれ以上に裕福になれる可能性があるというのが世間の常識だ。そんな素晴らしい大学の附属校ということで在校生全員が一等大学への内部推薦を狙っているだろう。

 

 しかし現実はそう甘くない。一等大学への内部推薦を得られるのは学年で1クラスのみ。1学年4クラスあるから25%の生徒しか内部推薦を得られないのだ。そこで、何を基準に1クラスだけ選ばれるのかという疑問が生じる。それについては、先ほどのホームルームで担任の“桜奈々子”からの説明にもあった通り、普段の生活態度(遅刻の数や授業への姿勢)や定期テストの結果、そしてイベントでの活躍などがポイントとして数値化され、3年間で得たポイントが最も多かったクラスに内部推薦が渡されるというものだ。

ちなみに全寮制でかなりでかいアパートの一室を借りれる。さすがトップレベル。


 

 ホームルームが終わり、軽い自己紹介を行った後、これから3年間を共にする仲間と少しでも親睦を深めるための自由時間が与えられた。ちなみに、明日から2泊3日のオリエンテーション合宿、通称オリテンが始まる訳だが、知り合ったばかりの他人と同じ釜の飯を食うことに不安を感じている生徒がほとんどだろう。まあそうならないための自由時間なんだが。

オリテンは長野県の菅平で行われる。標高高いな。

 

 おれの座席は窓際の1番後ろということもあって前の生徒か右隣の生徒しか話せる相手が居ないわけだが、前の生徒は、なにか考え事をしているのか肘を机につき手で顎を支えている。

右隣の生徒はもう既に仲良くなった近所の生徒と談笑している。ここでいきなり会話に割り込むのは気が引けるからおれはぼんやり窓の外を眺めることにした。


 それから10分くらいたっただろうか。とんとんっと肩を叩かれたから、おれは窓の外から視線を外し振り返ると柑橘系の匂いがふわっと香る。

「“青井瑞稀”くんだよね!これからよろしくね!」

隣の席の”成瀬綾“が手を差し出しながら声をかけてきた。

「よろしくな。」

おれもそれに合わせて握手を交わすように手を握る。

一般的な高校生なら歓喜する場面なのだろうと当てもないことを考える。

成瀬七海。光の束を集めたような輝かしい金髪に、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳を持ち合わせ、サイダーのようにしゅわっと弾ける笑顔をこちらに向けている。さては、その頭のついているリボンで数々の男子を堕としてきたんだな。おれは成瀬はきっとクラスの中心人物になるなとひそかに確信した。


 その後、おれと成瀬は特に会話を交わすことも無く、自由時間が終わったため解散になった。成瀬はもう既に席が遠い生徒とも話してるようで、

「成瀬さんまじで可愛くね?」

「もう好きになっちゃいそう。」

という男子の声もちらほら聞こえてくる。

 おれもそろそろ帰るかと荷物をまとめていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、前の席の”黒川渚“と目が合った。そして奇妙な感覚がおれを襲う。この人、どこかであったような…なんて考えていると向こうもおれと同じく考え込んでいるようだった。

「えっと__」

「あ___」

おれと黒川渚の声が重なる。どうぞどうぞと言うようにおれは手を出した。

「いや、その、特に用件があったわけではないのだけど…。と、とりあえず一緒に帰らない?」

「そうだな。席も近いし話しながら帰ろう。」

お互いが恋に落ちたとかそういう運命的なことではないことだけは確かだった。


 ちょっと、いやかなり気まずいな。

黒川との帰り道におれはふと思う。向こうもそういった様子を見せている。ちなみに、学校からアパートまで2kmはある。多くの生徒はバスを使って登下校するようだが、おれは歩くのが好きだから歩ける範囲だったら頑張って歩くときめている。

凄まじい夕焼けを背景に、真っ黒なカラスが何匹か羽ばたいている。

どこまでも遠くに羽ばたいていくカラスを眺めていると、黒川が口を開いた。

「急に誘っちゃってごめんね。今ちょっと気まずいでしょ?」

こういうとき、どう答えてあげるべきか迷うな。

「家族でドラマを見ている時に、いきなりキスシーンやベッドシーンが始まったときの気まずさに比べれば全く気まずくないぞ。」

我ながらよくやった。と思う。

「そ、それは確かに気まずいね…。」

黒川が妙に納得したように呟いた。

また変な間ができないように、冗談はさておきとおれが続ける。

「おれたちどこかで会ったことあるか?」

普通ならビックリするような質問だが、黒川は指を顎に当ててジッと考えている。

「実はね、私もそう感じていたの。でも、私は青井くんみたいな人に会ったことはないよ。」

やはりそうか。なら、この違和感はどこから来たものなのだろうか。

黒川渚。夜空のような、いや影のような艶やかな黒髪でセミロング。大人びた顔立ちとは裏腹に、青い可愛げのあるヘアピンをつけている。第一印象は大人しいっといったところか。成瀬とは真逆に位置する女子だな。

「もしかしたら、小さい頃にどこかですれ違ったりしたのかもしれないね。でも考えてもしょうがないかも。」

「まあ、そうかもな。」

一応そう答えておいたが、何か引っ掛かる。部屋に戻ったらじっくり考えるとするか。

それから、おれたちはお互いの趣味や好きなことについて軽く話し、エントランスで別れた。

もし何か思い出したときいつでも連絡をとれるようにと黒川が連絡先を教えてくれた。

この携帯に初めて追加される連絡先が女子とは。

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