エピローグ
第22話 主婦、恋人をエスコートする
「よし、行こうかな」
鏡を見て、髪の毛を少しだけ調整する。ウィッグをかぶるのは久しぶりだったけれど、感覚は忘れていなかった。
「望月くん、びっくりするだろうな」
驚いた顔を想像すると頬が緩む。
今日は、私と望月くんの二ヶ月記念日だ。
もう若くないし、そもそも記念日を祝うようなタイプじゃない。
でも、記念日は毎月二人でお祝いしましょうね、なんて笑顔で言われたら、断る理由なんてない。
一ヶ月記念日の計画は望月くんが立ててくれた。だから、二ヶ月目は私の番。
計画はばっちりだ。
立ち上がり、コートを羽織る。黒のトレンチコートだ。
中に着ている服も、全部新しいもの。
以前望月くんに教えてもらったブランドの新作である。
よし、と呟いて私は家を出た。
「いた……!」
相変わらず、望月くんは待ち合わせにくるのが早い。
今日だってまた約束の時間より15分早いのに、もうきている。
すう、と息を吸い込んで、望月くん! と名前を呼んだ。
顔を上げた望月くんがきょろきょろと視線をさまよわせる。
「お待たせ」
手をひらりと振る。望月くんは目を丸くし、すぐに私のところへ駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんですか、その格好!」
望月くんは明らかに動揺している。この顔が見たかったのだ。
「今日は僕が、望月くんをエスコートしてあげるよ」
そう言って、望月くんに手を出し出す。
望月くんは戸惑いながらも、私の手をとった。
先々週、家の掃除をしている時に、ふとウィッグの存在を思い出したのだ。
これを見るといろいろと思い出すのに、断捨離の時に捨てられなかった。
それは、私自身が男装を楽しんでいたからだと思う。
茉莉奈のための男装だったけど、いつもと違う自分になるのは、悪くない気分だったんだよね。
だからこそ、全部が終わった今なら、前よりも男装を楽しめる気がした。
「ついてきて」
望月くんの手を引っ張って歩き出す。どこへ行くんですか、と望月くんが慌てた。
立ち止まって、鞄の中からチケットの入った封筒を取り出す。
「それ、開けて」
望月くんはすぐに封筒を開けた。そして、呆然として私を見つめた。
「仙台行き……?」
封筒の中に入れていたのは、仙台行きの新幹線チケットだ。
「そう。旅館ももう予約してる」
最初は、どこか美味しい店でディナーをするだけのつもりだった。
でも、望月くんがどうすれば喜ぶかなとか、どうすれば驚くかな、と考えているうちに、旅行を思いついたのだ。
「嬉しい?」
「嬉しすぎます。っていうか、凛香さん、なんでそんな格好いいんですか!」
俺だっていろいろ考えてたのに、とか、急過ぎてドキドキしてきた、なんて呟く望月くんはやっぱり可愛い。
「来月はこれ以上のサプライズ、期待してるね」
「絶対、凛香さんのこと、最高に喜ばせてみせますから!」
「じゃあ再来月は、それを超えないとね」
望月くんといたら、どんどん楽しみなことが増えていく。
きっとこれからも、数えられないくらい、いっぱい一緒に笑っていけるんだろう。
にやけ顔を見られるのが恥ずかしくて、私は望月くんの手を引いて駆け出した。
不倫されたので、旦那から不倫相手を奪ってやろうと思います。 八星 こはく @kohaku__08
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます