第21話 主婦、新居に引っ越す

「よし。まあ、このくらいでいいでしょ」


 ようやく、新居が片付いた。とりあえずダンボールは全部開けたし、ゴミも全部捨てた。

 まだ完璧とは言えないけれど、人を呼べる程度には綺麗になったはずだ。


 パステルイエローのカーテンに、白い家具。カーペットはパステルブルー。

 白と黒でまとめていた前の家とは真逆の、気持ちが明るくなるような家にした。


 ピンポーン、と家のインターホンが鳴る。

 私は小走りで玄関へ向かった。


「いらっしゃい、望月くん」

「はい、凛香さん」


 私は今日有給をとったけれど、望月くんは仕事帰りだ。

 急いできてくれたのか、額に汗がにじんでいる。


「これ、どうぞ! 手土産です!」


 望月くんが差し出したのは、駅前にある洋菓子店の箱。

 手土産なんていいとは言ったけれど、気を遣ってくれたのだろう。


「まだいろいろ足りないものとかあるけど、それは勘弁ね」

「大丈夫ですよ! 俺、凛香さんの家にこれただけで嬉しいんで!」


 おじゃまします、と丁寧に靴を脱ぎ、望月くんは部屋に上がった。

 新しい家に人を招くのは、なんだかどきどきする。


 引っ越してきてから、今日でちょうど一週間。働きながらの引っ越しは大変だったけれど、なんとかなった。

 新しい生活を始めるために、思いきって断捨離したのもよかったのかもしれない。


「適当に座っていいよ」

「ありがとうございます!」


 望月くんは、ローテーブルの前においていたクッションに座った。

 興味深そうに部屋をきょろきょろと眺められるのは少々恥ずかしい。


「なんか、俺も引っ越したくなっちゃいましたよ」

「そうなの? 独身寮、かなりいいのに」


 築年数は古いけれど、それにしたって破格の安さだ。


「そうですけど、住民がみんな会社の人っていうのも、なんかあれじゃないですか?」

「まあ、ちょっと分かるな。そうだ、望月くん何飲む? 紅茶、コーヒー、烏龍茶ならあるけど」

「ありがとうございます! 紅茶で!」


 キッチンへ向かい、紅茶のティーバッグを用意する。

 それを新品のカップに入れて、新品の電子ケトルでお湯を注ぐ。


 うん、やっぱり、新しいものは気分がいい。


「私も飲もうかな」


 二人分の紅茶を用意し、望月くんのところへ戻る。

 相変わらず、望月くんは楽しそうに部屋を見ていた。


「そんなに気に入ったの?」

「はい! なんか、凛香さんの趣味とかこだわりの詰まった部屋なのかなって思ったら、ずっと見ていたくなっちゃって」

「望月くんって……」


 結構恥ずかしいこと言うよね、と口にしようとしてやめた。

 だってきっと、私は望月くんのそういうところが大好きだから。


「ねえ、望月くん」

「はい?」

「そんなにここが気に入ったなら、いいものあげる」


 望月くん、どんな顔してくれるかな?

 そう考えるだけで胸が弾む。


「はい、どうぞ」


 私はなるべく表情を変えないようにして、キーケースを望月くんに差し出した。

 淡い黄色のレザーで作られたキーケースだ。望月くんに似合う色を私なりに選んだ。

 もちろん、ケースだけじゃない。


「えっ!? これって、その、もしかして合鍵ですか!?」

「もしかしなくても合鍵だよ」


 壊れ物に触れるような手つきで、望月くんはキーケースを撫でた。

 幸せそうな笑顔が、望月くんにはよく似合う。


「いつでもきていいよ。あ、せっかくだし、望月くんが持ってきてくれたお菓子食べよっか」

「……凛香さん、なんか、イケメン過ぎません?」


 望月くんの方を見ると、拗ねたような表情をしていた。

 子供みたいな顔が可愛くて、思わず声を上げて笑ってしまう。


「望月くんは、本当に可愛いね」


 凛香さん! と頬を膨らませた望月くんが可愛くて仕方ない。


 私、今、すごく幸せだ。


「望月くん、大好きだよ」


 望月くんは顔を真っ赤にした後、俺もですよ! と大声で叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る