第19話 主婦、後輩とデートする

「……わ、もうきてる」


 現在の時刻は午前10時45分。

 待ち合わせ時間まではまだ15分ある。

 少し早めにきたつもりだったのに、望月くんはもう到着していた。


 今日は仕事帰りでもないし、男装姿でもない。

 正真正銘のデートだ。


 軽く深呼吸をしてから、私は望月くんに駆け寄った。


「お待たせ」

「凛香さん!」


 私の顔を見た瞬間、望月くんの顔がぱあっと輝く。

 分かりやすい表情に、私の顔も自然とゆるんだ。


「今日は、俺に任せてください! しっかりプラン考えてきたんで!」


 望月くんが得意げな顔で胸を張った。

 今日は、俺が一日のプランを考えますから、と言われている。


「まずはどこ行くの?」

「ここです!」


 望月くんが二枚のチケットを取り出す。そこには、上野動物園と書かれていた。


「動物園か……!」

「はい。大人になると、意外と行く機会ってなくないですか?」

「確かに全然思い出せない、かも」


 動物園なんて久しぶりだけれど、想像するとわくわくしてきた。


「それに、いろいろ考えたんですけど、最初は思いっきりはしゃげるところがいいかなって!」


 行きましょう、と言って、望月くんは自然に私の手を握った。

 目が合うと、望月くんは少しだけ首を傾ける。


「だめ、ですか?」


 どくん、と胸が高鳴る。

 首を横に振ると、望月くんは手を握る力を強めた。




「わー、やっぱり、パンダの列すごいですね! 並びます?」

「そうだね、せっかくだし」


 他にも魅力的な動物はいっぱいいるけれど、やはり上野動物園といえばパンダだ。

 それに、望月くんとなら並ぶのも悪くない。


 30分くらい並んで、私たちはようやくパンダの前にくることができた。


「わ、なんか、かなりクマだね!」


 近くで見ると、パンダはかなりクマだった。というか、日頃抱いている可愛らしいイメージが消えて、獣! という印象が強くなる。


「なんですか、それ」

「いや、なんか、思ったより獣で。でも可愛いね」


 近くで見れば怖いのだろうけれど、檻越しに見ている分には可愛らしい。


「写真撮りましょうよ」


 言いながら、既に望月くんはスマホを構えている。


「凛香さん、もうちょっと右です、そう、そこ! パンダ写ります!」


 撮りますよ、と言ってすぐ望月くんは写真を何枚か撮った。

 パンダが写るように気を遣わなきゃいけないから、自分の顔を気にする余裕なんてない。


「撮れた!」


 でもまあ、望月くんがこんなに嬉しそうにしているんだから、きっといい写真が撮れたんだろう。


「あ、見て、凛香さん、パンダこっち見ましたよ!」


 望月くんが急に私の手を引く。頬が触れそうなほど近くなって、パンダのことなんてちっとも考えられなくなる。


「楽しいですね」

「……うん」


 正直、めちゃくちゃ楽しい。

 今は目の前に楽しいこと以外、何も考えなくていいし。


「次、ゾウでも見に行きましょうか!」

「だね。なるべく大きいやつ見ようよ、せっかくだから」


 今日はたくさんはしゃいで、楽しい気持ちでいっぱいになりたい。


「ほら、行こ」


 今度は私から、望月くんの手を掴む。驚いた望月くんの顔が可愛い。


 デートはまだまだ始まったばかり。

 明日は日曜日だ。今日は時間を忘れて、思いっきり遊んでしまおう。


「走って、望月くん!」

「ゾウは逃げませんって!」


 そう言いながらも、望月くんも走り出してくれた。

 頬を撫でる風が心地いい。もっと風を浴びたくて、私は走るペース速めた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る