第六部 主婦、後輩と約束をする
第12話 主婦、後輩に癒される
『営業で近くまできてるので、よかったら一緒にランチでもどうですか?』
望月くんからそんなメッセージが届いたのは、たまたま給湯室にいる時だった。
マグカップにコーヒーを注ぎながら、いいよ、とすぐに返事をする。
昨日、春翔のスマホを覗いた。
結局あの後は一睡もできなくてかなり寝不足だ。でも、眠気も訪れない。
不倫されていることなんて分かっていたし、現場も目撃していたのに。
今は、あまり一人でいたくない。
望月くんは事情も知っているし、一緒にいてくれるならかなりありがたいことだ。
でも、本当にたまたまなんだろうか。
「……気、遣ってくれたのかな」
望月くんには、進捗を報告している。昨日、春翔のスマホを見たことも。
悲しいとか、辛いとかはあまり言わないようにしているけれど、伝わってしまっているのかもしれない。
『ランチ、何食べたいですか?』
望月くんはいつも返信が早い。私はちょっとだけ悩んでから、肉! と返信した。
疲れている時は肉だ。少しでも、エネルギーを充電しなければ。
昼休みになってすぐ、私はオフィスを後にした。
ビルの入り口に、スーツ姿の望月くんが立っている。
そういえば、スーツ姿の望月くんを見るのは久しぶりかも。
「凛香さん!」
望月くんが笑いながら大きく手を振る。子供みたいな仕草が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
スーツ、前より様になってるな。
新卒の頃はリクルートスーツだったし、スーツに着られているような初々しさがあったのに。
「ごめん、待った?」
「いえ! っていうか、元々凛香さんに合わせて動いてたので!」
あっさりそう言って、望月くんは私の隣に並んだ。
「っていうか、男装してない凛香さんに会うの、本当に久しぶりですよ」
「……そうかも」
望月くんに会うなんて思っていなかったから、今日は適当な格好だ。
動きやすい服に、最低限のメイク。
なんだか、望月くんと並ぶのが恥ずかしくなってくる。
「どうかしました?」
「いや、もっとちゃんとしてくればよかったかなって」
「それって、俺と会うからですか?」
きらきらした瞳で見つめられ、つい頷いてしまう。
やったー、とはしゃぐ望月くんを見ていると、じわじわと罪悪感のようなものまで湧いてきた。
いいのかな? 望月くんと、二人だけでランチなんて。
私はまだ既婚者だし、今日は男装もしていない。
まあ、会社の後輩とランチを食べるだけと言えばそうなんだけど。
「今日の凛香さんも、すごく綺麗ですよ」
「え?」
「まあ、気合い入れた凛香さんともランチ行ってみたいですけど」
望月くんが笑いながら近くの店を指差した。ランチタイムにはいつも大行列のできている牛カツの店だ。
今日もいつも通り人が多い。
「あそこ行きません?」
「行きたいけど、さすがに間に合わないかも」
昼休みは一時間だけだ。名残惜しく私が店を見ていると、望月くんがドヤ顔でピースした。
「予約済みです!」
「え、本当に?」
予約するのも大変だと聞いているし、今日は約束なんてしていない。
それなのに……。
「凛香さん、今日はがっつり食べたい気分かなって」
「なんで分かったの?」
「俺、凛香さん検定一級なので!」
「なにそれ」
そんなのないんだけど、と望月くんの目を見た瞬間、私は固まってしまった。
望月くんの表情が、ずいぶんと大人びて見えたから。
「やっぱり、凛香さんは笑ってた方がいいです」
望月くんって、こんな風に笑うんだっけ?
どくん、どくんと心臓がうるさい。
行きましょう、と歩き出した望月くんの背中がやけに大きく見えて、私は目が離せなくなってしまった。
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