第11話 主婦、旦那に呆れる

 春翔は泥酔し、今はぐっすりとベッドで眠っている。

 スマホも、今日はリビングのテーブルにおいたままだ。


「……よし」


 深呼吸して、春翔のスマホに手を伸ばす。

 パスワードは【0824】

 先程、春翔が操作しているところを盗み見たからばっちりだ。


 酔うと注意力が散漫になるところ、昔から変わってないな。

 一緒にお酒を飲んだのも、かなり久しぶりだけど。


 ロックを解除し、スマホの中身を覗く。真っ先に確認するのは、メッセージアプリのやりとりだ。

 茉莉奈のアイコンはもう覚えている。


「あった……」


 一応、茉莉奈とのトーク画面は非表示設定になっていた。

 しかし、履歴は消されていないようだ。

 二人のやりとりは、春翔からのメッセージで終わっている。

 これなら、既読をつけてしまう心配もない。


『悪いけど、もう春翔さんには会えない』


 19時前のメッセージだ。おそらく、私が茉莉奈へメッセージを送った直後のものだろう。


『好きな人ができたの』

『俺のことはもう嫌いになった?』

『もっと好きな人ができたの。それに、春翔さんにも奥さんがいるでしょ』

『俺はまりちゃんしか好きじゃないよ』


 茉莉奈からのメッセージはこれ以上ない。春翔が、会って話そうだの、もう一度チャンスが欲しいだのと言っているだけ。


『まりちゃんしか好きじゃないよ』


 そのメッセージを何度も何度も眺める。涙は出てこない。でも、心臓が重たくなった。


 私だってもうこんな不倫男、好きじゃない。


 そう思っても、楽しかった頃の記憶が頭をよぎる。


 一応、トーク画面の写真を撮っておく。

 遡れば遡るほど、二人の親しげな会話や写真が出てきた。

 何気ない会話も多い。今日の天気だとか、面白かったドラマやアニメの話とか。


「あ……」


 茉莉奈が送ってきた写真の一つに、二人でカフェにいるものがあった。

 二人の手にあるのは、期間限定のフラペチーノ。


「去年は、一緒に飲みに行ったっけ」


 私は普段、あまりフラペチーノは飲まない。だけど春翔は好きで、誘われて一緒に行くことはあった。

 思い返してみれば、ここ半年くらい一度も行っていない。


 ため息を吐いてトークアプリを閉じる。そして写真フォルダを開いた。

 鍵付きのフォルダを、先程と同じパスワードで開く。


 大量の写真が出てきた。

 しかも、いかがわしいものだってある。


「これ……」


 テーマパークで撮ったツーショット写真があった。お揃いのカチューシャをつけて、嬉しそうに腕を組んでいる。

 カメラ目線なのは茉莉奈だけで、春翔は茉莉奈を見つめていた。

 その眼差しがあまりにも優しくて、甘くて、辛い。


 写真を見ただけで、春翔が茉莉奈のことを大切に思っていることが伝わってくる。


 私、春翔のこの目が好きだったのにな。


 こんな目で見られると、たいていのことは仕方ないなあ、と笑って許せた。

 だって、私のことが大好きなんだって分かったから。


 証拠になりそうな写真を全て自分のスマホに転送していく。

 でも、そのツーショット写真だけは、転送することができなかった。


「早く、全部終わりにしちゃいたい」


 寝室から春翔のいびきが聞こえてくる。

 どうしようもなく腹が立って、私は盛大に舌打ちした。

 

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