第9話 主婦、不倫相手とデートする

「じゃあ、仕事行ってくるから」


 声をかけても、春翔は不機嫌そうにああ、と頷くだけ。

 そんな様子を見て私は内心笑う。


 今日、せっかくデートのために有給とってたのに、キャンセルされたんだもんね?


 今日は、私と茉莉奈の初デートだ。カフェで会ってから、毎日SNSでメッセージのやりとりも重ねている。

 待ち合わせは午前11時。

 これから家を出て、職場へ向かわずに駅のトイレで着替えとメイクを済ませる予定だ。


 絶対、茉莉奈を落としてみせるんだから!




 待ち合わせ時間の十分前に、私は池袋駅に到着した。

 今日は駅から近いカフェでランチを済ませ、サンシャイン水族館に向かう予定だ。

 水族館という定番のデートコースだけれど、ナンパから関係が始まっている以上、健全なデートはギャップがあっていいはず。


 今日の目標は二つある。

 一つ目は、茉莉奈に好きになってもらうこと。

 二つ目は、今日の写真をSNSに載せさせること。


 明らかにデートを匂わせるような写真を茉莉奈がSNSにアップすれば、春翔だって落ち着いてはいられないだろう。


「りっくん!」


 茉莉奈の声に顔をあげる。目が合うと、茉莉奈は小走りでこっちへ向かってきた。

 長い髪は緩く巻いていて、走っても動かないように前髪はきっちりと固められている。

 そして、男ウケのよさそうなデザインのワンピース。


「ごめんね、待たせちゃった?」

「ううん、僕も今きたところだよ」


 よかった、と言いながら茉莉奈が前髪をおさえる。その瞬間、薄いピンクのネイルが目に入った。

 確か前は、青系の色だったような……。


「まりちゃん、ネイル変えた?」

「えっ! 気づいてくれたの……!?」

「うん。前のも可愛かったけど、今のも似合うね」


 茉莉奈は嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ、行こっか」

「うん!」


 微笑んで、そっと手を差し出す。茉莉奈はおずおずとした様子でその手を握ってきた。




 ランチを済ませ、水族館へ向かう。サンシャイン水族館はビルの中にあって、立地もいいから便利だ。


「私、水族館なんて久しぶり!」

「僕もだよ。せっかくだから、記念に何か買っていかない?」


 売店を指差す。茉莉奈は笑顔で頷いた。

 売店に入って、すぐにおそろいの何かを探す。できればキーホルダーのような、持ち運びできるものがいい。

 会社にも持って行けて、なおかつお揃いだとわかりやすいもの……。


「あ!」


 いいものがあった。イルカのキーホルダーだ。水色と白のイルカで、二つを合わせるとハートの形になる。

 正直こういうの、普段なら恥ずかしくて絶対買わないけど……。


「これ、お揃いにしない?」


 にっこり笑って、茉莉奈にイルカのキーホルダーを見せる。


「したい!」


 茉莉奈は無邪気に笑った。


「じゃあ、買ってくるね」

「いいの?」

「うん。代わりに、後で一緒に写真撮ってほしいな」


 もちろん! と茉莉奈は頷いた。ありがとう、と微笑んでレジへ向かう。

 ツーショットを撮ったとしても、それをSNSに上げるよう仕向けるのは困難だ。

 でも、後々役に立つかもしれない。


「あの水槽、いいかも」


 レジの列に並びながら、遠くのペンギンの水槽を眺める。

 ペンギンの水槽は日当たりのいい場所にあって、この時間なら水槽のガラスに人影が映るはず。

 それに、ペンギンはこの水族館でも人気の生き物だ。


 茉莉奈が明らかにお揃いの水族館グッズを持っていた上に、SNSにあげられた水槽の写真に男の影が映り込んでいたら?


 きっと、春翔だって気づくはず。


 会計を済ませ、茉莉奈のもとへ戻る。キーホルダーはすぐに開封し、スマホにつけてみせた。

 茉莉奈にも、同じようにつけてもらうために。


「お揃いだね、まりちゃん」


 笑って、自然に茉莉奈の手を握る。


「次、ペンギン見よっか」


 写真を撮った時、影が映りやすいのはどのあたりだろう?

 あまりにもあからさまだと茉莉奈もSNSにあげないだろうから、ちょうどいいところを探さないと……。


 私は頭の中でいろいろと計算しながら、茉莉奈の手を軽く引っ張った。

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