第7話 主婦、完璧な男装をする

「次はこれです。ほら! 着てみてください!」


 望月くんに服を押し付けられ、試着室に詰め込まれる。

 何回このやりとりを繰り返したかのか、もう分からない。

 正直、かなり疲れている。でも……


「絶対に似合いますから! 楽しみにしてますね!」


 ひまわりみたいに明るい笑顔でこんなことを言われたら、頷くしかない。

 試着室のカーテンを閉め、着替えを始める。


「……センスいいな、望月くん」


 先程から望月くんが選んでくれるのは、どれも格好いい上に、体格が分かりにくいものだ。

 メイクや服装は変えられるけど、体格は変えられない。だからこそ、体格を誤魔化せる服が必要なのだ。


 男装をする、と決めた直後に、望月くんが一緒に服を選ぶことを提案してくれた。

 私は男物の流行には疎いし、第三者の意見をくれるのはありがたい。

 だけど、なんていうか。


「……ちょっと、楽しすぎる、かも」


 いつもは行かない店に入って、いつもは着ない服を着て。

 最近は土日もたまった家事をしたり、家で読書をしたり、映画を見て過ごすことが多かった。

 こんな風に誰かと出かけるのは久しぶりだ。


 着替えを終えて鏡を見る。まだちょっと違和感はあるけれど、結構似合っていると思う。

 深山さんを惚れさせることが目的だけれど、いつもとは違う自分になれるのが楽しい。


 カーテンを開けると、すぐ望月くんと目が合った。きらきらした瞳で私を見つめ、似合ってます! と大声で褒めてくれる。


「さっきのとどっちがいいかな」

「どっちもめちゃくちゃ似合ってますよ!」

「ありがとう。どっちかって言うと?」


 望月くんは頭を抱えた。こういう大袈裟なリアクションが、新人の頃も可愛かったんだっけ。

 年齢が近いから相談しやすいんです! と言って、望月くんはいろいろ聞いてくれた。

 私もまだ二年目だから困った時もあったけれど、頼りにされて嬉しかったことも覚えている。


「どっちかって言うと、これです! 凛香さん、黒が似合いますから」

「ありがとう、とりあえずこれにしようかな」


 シンプルな黒だけれど、アシンメトリーなデザインが特徴的だ。ゆったりとした作りだから、体格もでにくい。

 改めて鏡を見る。


 うん、我ながら格好いい。

 家にある服を適当に着た男装とは、やっぱりクオリティーが違う。

 あとは男装メイクもきっちりやれば……。


「凛香さん!」

「なに?」

「この後、一緒にあんみつ食べに行きません? この近くに有名なお店があるんですよ」

「……私の好物、覚えててくれたの?」


 和菓子、特にあんみつが好きだと言ったことはある。

 でも、些細な雑談の中でだ。それを、何年も経った今も覚えてくれているなんて。


「凛香さんのことなら、全部忘れませんよ!」

「……ありがとう」


 ばくばくと心臓がうるさい。

 望月くんの昔から変わらない笑顔と、ちょっと大人っぽくなった顔。

 会っていない間に、望月くんはどんな風に変わったんだろう?


「血液型はA型、出身は宮崎、大学時代の専攻は東洋哲学! それから、嫌いな食べ物はもずく!」

「そこまで覚えてるの?」

「はい、他にもたくさん!」


 他には、と続けようとした望月くんを止める。これ以上、ここで話されるのは恥ずかしい。


「ありがとう」

「こっちこそ。せっかく東京に戻ってきたら結婚してるなんて、泣きそうでしたもん」


 どういう意味? と聞けなかったのは、私が臆病だったからかもしれない。

 試着室のカーテンを閉めた瞬間、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

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