第5話 主婦、後輩に再会する

 まずい。これはかなり、まずい。

 こんなところを、まさか望月くんに見られるなんて。


 望月くんは、一つ下の会社の後輩だ。私が二年目の時に、新入社員として同じ部署に配属された。

 年が近いこともあって、当時は結構仲が良かった。

 二年目からは望月くんが大阪勤務になって、疎遠になっていたけど。


「凛香さん?」

「あ、えっと、その……なんで分かったの?」


 私の変装、そんなに下手だった?

 我ながらいい出来だと思ってたのに。


「そりゃあ分かりますよ。俺、凛香さんのことよく見てましたから!」

「そんなに?」

「はい! それはもう! って、別に変な意味じゃないですけど!」


 大慌てで望月くんが首を横に振る。相変わらず賑やかな子だ。

 望月くんがいるだけで、職場が明るくなっていたことを思い出す。

 まあ、結構ミスも多くて、大変ではあったけど。


「凛香さん、どうしてここに? もう寮に住んでないですよね。あ、あとなんか、雰囲気も変わったっていうか」

「それはまあ、いろいろあって……」


 ここで話し込むのはまずい。声を聞かれたら、私だと気づいてしまう人もいるはず。


「望月くん、いつこっちに戻ってきたの?」

「先月からです! 俺、今営業部に配属されてて」


 ということは……春翔と同じ部署だ。

 それに、あの女のことだって何か知っているかもしれない。


「望月くんって、焼肉好きだったよね?」

「え? はい! めちゃくちゃ好きです!」

「今度久々にご飯でもどう? 奢るから」

「いや、俺もちゃんと出しますよ!」

「私が出す。だからさ、代わりにお願いを聞いてほしいの」


 お願い? と望月くんは首を傾げた。大きい身体と子供っぽい仕草のアンバランスさが微笑ましい。

 久しぶりに会った後輩に頼むようなことじゃないかもしれない。

 だけど、他に頼める相手もいないのだ。

 同期に頼んでも、春翔の味方をするかもしれないし。


「私の旦那、浮気してるみたいなの」

「えっ?」

「詳しい話は落ち着いた場所でしたいんだけど。いつ、空いてる?」

「いつでも! 俺、本当いつでも大丈夫なんで!」


 そう言って、望月くんはスマホのカレンダーアプリを見せてくれた。


「ほら! 全然、予定入ってないですよ!」


 だから大丈夫です! と笑われて、私はなぜか泣きそうになってしまった。

 そういえば、最後に人と一緒にご飯を食べたの、いつだっけ?


「明日でもいい?」

「はい! 時間もいつでも大丈夫です!有給もとれますし!」

「そこまでしなくていいよ」

「しますよ! だって、もう凛香さんとご飯とか行けないと思ってたんで」


 寂しそうに微笑んだ望月くんの眼差しは、私の左手に向けられている。

 今は、そこに指輪はない。

 変装のためだ。でも、指輪を外した時、すごくすっきりしたのも覚えている。


「そういえば今日はこの後、どうするんですか?」

「あ……」


 何も考えていなかった。もうとっくに終電はないし、家にも帰れないし。


「適当にどこか店にでも入って、時間潰すつもり」

「じゃあ、俺も行きます」

「え?」

「こんな時間に一人は危ないですよ! ね? 話だって聞きますし」


 申し訳ない、とは思うけれど、望月くんの提案はありがたい。

 今は一人でいても、悲しい気持ちになるだけだから。


「行きましょう!」


 太陽みたいに眩しい笑顔。

 暗闇の中で、望月くんだけが輝いているみたい。

 うん、と頷いた時、私は自分が久しぶりに笑えたことに気づいた。

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