1-2 転生後の世界で

07 前世の記憶持ち



 ジョゾゾゾゾゾ、と肥えた土地に小水で斜め堀の洞穴を作る。

 

(女の体って本当にちんこないんだなあ……)


 もうこの体になって何年と経ったが、こればかりは慣れない。


「うぃ……拭くもんないけど、まぁいっか」


 急いで下ろしたことで捻れていた下穿をあげ、学生服で隠す。

 

 暖かな陽光に照らされるひまわり畑の中に私の姿はあった。

 ひまわりが向く方向に顔を向け、直射日光に顔を顰める。


「ぐぃ……まぶし……」


 ひまわり畑の日陰を屈みながら移動をしていく。教師共にバレたら小言がうるさいからな。小言なのにうるさいとはこれいかに。


 今までのことと一転して、急に生活感が溢れていることをまずは謝罪をしたい。


 何を隠そう。私は──昔は僕って言ってたっけ。懐かしい。


 私は勇者だ。あの身体が朽ちてた奴。女勇者の前の勇者。近衛騎士の隊長の首を刎ね飛ばして、その後、最果ての村を滅ぼした奴。


 それが、じゃーん! 今はご覧の通り、齢16歳の少女って訳だ。


 長い髪の毛は母親譲りのキレイな白髪で、瞳は薄紅色。背丈は小さく、どこか病弱のような印象すら受ける。これが今の私だ。


 何から話せばよいだろうか……。


 端的に言うと、私は今、前世の記憶を持ったまま今世を生きている。『転生』──こんな言葉があるならば、それに該当をするだろうか?


 あの日、確かに私は死んだ。

 女勇者の拙くも磨かれた剣によって。


「ここらへんで女学生を見なかったか?」


 うぉっと危ない。私が外に出ていったのがバレてたみたいだ。野外でトイレは反省文を書かにゃならんから息を潜めて……っと。


 ひまわり畑に腰掛け、雲が太陽を食べていってるのを見上げた。


「昔の自分って壮絶な人生を歩んでいたよなー……」


 前世の記憶なんてすぐに薄れるもんだと思ったが、全く薄まらん。


 自我が芽生えた2歳から既に14年も経って、今世に馴染んで、なんなら一人称が「僕」から「私」になるくらいにまでは時間が経った今でも、こうして鮮明に思い返すことができるのだ。

 

「レナータめ……またどこかにいるハズだ」


(マジで私のこと探してんじゃん……どうすっか)


 レナータ・フォン・オーガスディア。

 それが私の名前だ。


 直近で家名が変わるゴタゴタがあったばかりでな。こうして教師陣からも目をつけられてるのはまた別の理由があるんだが……。


「あ、レナータ! ここにいたの──」


 ひまわり畑に来た男学生を見上げ、口の前に人さし指を立てた。


「静かに、ダミアン」屈めとジェスチャー「バレるだろっ」


「こんなとこでなにしてるのさ」


「お花を摘みにきたんだよ。文字通りな」


「トイレはちゃんとトイレでしなよ……」


 誤魔化しは効かんか。


「だって、この世界のトイレって一階にしかないんだぞ!? しかも端っこにしかない! 急なもよおしに対応しきれんだろ!」


「だからって三階の窓から降りたら、さすがにみんなビックリするよ」


 コイツは私の兄。

 ダミアン・フォン・オーガスディア。


 瑠璃色の髪の毛と赤色の瞳。背丈は見上げるほど高く、学園の中でもデカい方。イケメンかと言われたらまぁそうなんじゃないか。見慣れた顔だから分からん。


「女の子になったんだから、ちゃんとしないとだよ?」


「そっちは男になってどうよ。あるのには慣れたのか?」


「慣れたよ、さすがに。もう十年以上経ってるんだ」


「そりゃ良かった」


 なんて適当に喋りながら、教師陣の動きチェック。よし。


「アイツらに見つからんように、私を校舎まで連れて行ってくれ」


「えー……」


「良いだろ? 


 そろそろ気づいた奴もいるかな。


 コイツは兄であって兄ではない。


 コイツ。私の双子の兄であるダミアンはあの時の女勇者だ。


 『こっちの世界』だなんだって言い合えるのはコイツだけ。『前世の記憶持ち』なんて変な奴だと思われるからな公言できんわな。


「なに、なんだよ。凝視して……」


「いンや」手をひらひらとさせて「なんでもねーさ」


 なんともオモシロイ話で、この上なく珍しい話だ。


 互いに殺し合った二人が、双子として生まれ変わっているなんてな。


「今なら行けそう」


「なら、校舎に入るぞ! 次の講義は面倒だからな」


「はいはい。……それ全力で走ってる?」


「全力だわ! 舐めんな!」


 まぁ、過去の話は今更深く話をすることでもないだろう。

 こっちの世界で16年も経っているのだ。


 すっかり平和ボケもしちゃったし、このまま行けば「子どもに囲まれてスローライフ」って前世の願いのも実現しそうだしな。なんせ、もう子どもを孕める年齢なのだ。後は相手だけだ。


 だが──なんの運命の悪戯か。

 この世界には前世ではいなかった『アイツ』がいやがる。


「レナータ?」


「しっ……気づかれる」


 別棟への連絡路を歩く栗毛の少年にバレぬように壁に隠れた。


 人当りが良く、平民と貴族の両方から一定の評価を勝ち取っている好青年。まぁ、貴族から受けている評価は『彼の外面』に向けられた評価なのだろうが。


「行った?」


「……行った」


「そこまで警戒しなくても良いんじゃない?」


「ホンモノの『勇者』だぞ!? 警戒くらいするだろ!」

  

 学園に入ったタイミングで噂は聞いていた。

 だから、関わらないようにこうして避けているのだ。


(勇者なんて……もう懲り懲りだ)


 私もダミアンも勇者はもう経験済み。

 あんな経験は一度だけで良い。二度もしたくない。

 だから、勇者にはなるべく関わらないようにする。


 勝手に世界を救うなら救ってくれ。

 どこぞの国の主になるならなってくれ。

 そういうスタンスで行こう、と私達は決めたのだ。


「……」


 としても、運命というのはなんとも残酷で。


 私達の第二の人生セカンドライフは徐々に侵されていくことになるのだが、この時の私達はまだ知らない。

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