06 同時に死ななければ



 少女は開きっぱなしの扉から顔を覗かせ、ブンブンッと左右を確認。

 かつての僕たちが行ったように武器を構えたまま広間内に入ってきた。

 ズシズシと立ち入り、雪を被った刻石の雪を叩き、文字を読もうと目を凝らす。

 読んでいくに連れ、段々と表情が神妙なものになって、辺りを見回した。


「人骨……ない、けど……」


 そりゃあそうだ。僕が全部、埋葬をした。

 誰の骨かは分からないから、合葬になってしまったが。

 野晒よりかは良いだろうと。余計はお世話かもしれぬが。

 

「でも、魔王はいない……のか……」


「……」


 そこでとあることに気付いた。

 彼女が一人だということだ。


「──」


 声を出そうと思い、長らく喉を震わせていなかったことを思い出す。

 雪に埋もれた体をもぞもぞと動かし、顔を出した。


「オイ」


 酷い声が出た。地の底から響くような声だ。

 これでもまだ20半ばくらいなんだがな。


「ひっ……魔王か! まおう……じゃないな。なんだその体は」


 びくと体を震わせたが、すぐに武器を構えた。

 戦い慣れてはいるようだな。


「オマエ、勇者か」


「そうだが……あなたは……」


「前の勇者だ」


「前の勇者……? 何年前の話をしている。前代は10年ほど前に魔王退治に出立し、6年前には道中で息絶えたと聞いたぞ」


 そんな話になっているのか。

 まぁ、魔王の城に出向いて死んだ、という話はいくらでも改ざんできる。

 おそらくあの村だけじゃなく、他の主要都市にも根回しなぞはできるだろうからな。


「魔王は人型だと聞いていたが……まさか」


「この姿を見て魔王だと思う……」


 一瞬だけ否定をしようと思ったが、これは好都合なのではないかと思った。


「いや、そうだな。魔王だ。僕が」


 むくりと立ち上がり、雪を払う。

 体は朽ちてはいるが生きているのだから、最低限の機能は持っている。

 襲いかかる魔獣や魔族を屠れるほどの力は残っているのだ。

 その力がなくなるまでの年月を耐えてから死ねばいいと思っていたが……。


「やはりっ……!」


 この女はそこまで頭が良くないみたいだ。

 コイツを唆し、殺してもらおう。それで良い。

 ここまで来れるということは力は少なからずあるということだろうし。


「貴様がいるせいで、仲間は……っ!」


「貴様一人じゃないのか?」


「……道中で皆死んだ。ここに来るまでにたくさんの魔族と戦った。貴様の護衛兵だったのだろう!」


 武器を構え、涙を流す女勇者。

 そうか。最近、滅多に襲いに来ないと思ったら外に溢れていたのか。

 まぁ、人の匂いなんてしないだろうし、生き残っていた個体が僕の存在を伝えたり……ってのは考えられないが、勝率0の僕のトコに来るよりも西に下っていった方が良いだろう。

 なにせ彼らは略奪種。阿呆ではない。知恵もある。西の人を襲うのは当然だ。

 

「そうか。悪いな」


「悪いな、だと……貴様のせいでっ……長年と連れ添った仲間を、友を失ったのだ!」


「そうか。そうだな。……で、僕を殺せば報われるか? 気持ちは晴れるか?」


 その問には逡巡があった。目は雄弁だ。

 彼女は……おそらく。……やっぱり、あぁ、そうだ。


「……貴様を殺して、私も死ぬ。もう…………限界なんだ」


 心が保っていない。

 魔王を倒しに来た。それは役目を果たそうとしたのだろう。

 だが、それはあくまで目的の一つになった。元々は身を投げ売って達成をしようとしていた悲願だったのだろうが。

 仲間を失い、心がやつれ、足取りが重たくなった。

 そして、ここを死地にしようとしたのだろう。


「ならば、そうだな。そうか……そうか……」


 かける言葉なんぞない。慰めなどいらぬだろう。

 必要なのは剣だけで十分だ。

 僕の目的を果たすために。僕の首を刎ねるだけの実力はあるのだろうから。

 だが、その前に聞いておかなければならないことがある。


「出立の前に、勇者の儀を受けたか?」


「なぜ、それを……」


 ならば、彼女にも同じ呪いがかけられているのだろう。

 

「神官に。勇者に選ばれました、と。その日、神官から祈りを捧げられた」


「……そうだが」


「そうか……。では、同時だな」


「同時?」


 彼女の理解を待たずに僕は剣を構える。

 脂すら拭っていない人肉と獣肉に塗れた、幾年と付き添った剣を。


「武器を構えろ。振るい方は心得ているであろう」


「馬鹿にするなよ。魔王の護衛なんてたくさん殺してきた……!」


「ならばよし」


 変な話だ。勇者が勇者と戦うだなんて。

 魔王を倒しにここまでやってきたのだろう。

 仲間を失い、心を痛め、それでも身を高め。

 ここを死地にするために。その結果が、コレか。


(つくづく、くそったれだ。くそったれの大人と、くそったれの……人生だ)


「なによそ見をしている──ッ!」


 剣戟が始まった。存外、太刀筋は悪くない。

 だが、まだまだ拙い。左腕を失い、片目が潰れている僕に──ほぼ絶食状態の僕なんかを圧倒できない時点で、彼女には才はないことがわかった。

 女の体だから力不足なのだろうか。だが、女人でも強い人物は幾人と見てきた。

 剣の才。おそらく、仲間と助け合い、補完しあい、旅をしてきたのだろう。

 背中を預け、苦手なところは穴を埋めるように仲間が助けて。

 剣を合わせたら、彼女がどんな旅をしてきたかがなんとなく分かった。


(良い仲間を持ったのだろう。幸せな旅路だったのだろう)


 しかし、その仲間を失った今、彼女を補完する存在はいない。

 今、踏み込めば、首を飛ばせれる。

 今もだ。今も。もう10回は殺せている。

 あぁ、なんて弱いのだろうか。

 

「ふんっ……ぬぅッ!」


 力任せに振られた剣を見送り、腹部に膝蹴りを食らわせた。

 胃液を吐き出し、よろめいて刻石にもたれかかる女勇者。


「っうッ……!」


「次だ」


 瞳に涙が浮かんでいる。

 彼女にとって僕は魔王であり、宿敵なのだ。

 殺すことができなければ、仲間たちの死の意味を考えるだろう。

 ──仲間の死は、無駄死にだったのではないかと。

 思いを託されているのだろう。

 必ず魔王を討つと死にゆく仲間の手を握り、誓ったのだろう。

 駆け出した女勇者の攻撃を受け、口元が緩む。


「女の勇者よ。オマエは、生まれ変わったら何になりたい?」


「はぁっ……はぁ!? なんだ! 急に」


「いいから答えろ」


 剣を振るのを辞めず、彼女は問に答える。


「……仲間を守れるような人間になりたい。もっと、強くて、誰も失わなくていいような──ッ!」


 目尻の涙が空中に散った。

 根っからの善人かコイツは。僕と違って、キレイな瞳をしている。

 いや、かつての僕もこのような瞳をしていたか? 


「……あんたは」


「なんだ? 気になるのか?」


 武器をゆっくりと下ろした女勇者の目を受け、こちらも武器を降ろす。


「僕は……そうだな。もう、戦わなくても良い人生を送りたい」


「……それって」


「木陰に座って、子どもに囲まれ、日差しを鬱陶しく思える人生かな。

 大人に騙されず、自分の意志で自らの道を歩けるくらいの力もほしいが」


「…………いい『願い』ね」


 口に出して、マズイと思った。

 女勇者は話している限り、人の情に流されやすそうな性格をしている気がする。

 剣が少しでも鈍れば、僕の首を刎ねるのは難しいだろう。


「だろう。だから──渾身の一撃を放て」


「ああ、死にたいなら、殺してあげる!」


 そうだ。その強い瞳だ。

 ダッと踏み込んだ女勇者の剣を目で追う。


「……」


 下からの振り上げか。が、違う。その角度じゃあ上手く首は刎ねられない。

 こっちで膝を少し曲げた。彼女の力でも骨の継ぎ目なら飛ばせるだろうと。

 そして、こっちも右手で彼女の首の継ぎ目を狙う。

 同時だ。同時に首を刎ねるのだ。

 そうしなければ、どちらかが残ってしまったら。

 僕らは死ねない呪いにかけられているのだから。


 あぁ、でも──大丈夫そうだ。


 首に差し込まれた感触を感じ、彼女の首にも刃を差し込む。

 たった一秒にも満たないこの瞬間をどれだけ待っていたか。

 

 ──ぼくも、ようやくそっちに行けるみたいだ。


 そう思っていたのだ。

 視界が暗転をして、次に目を覚ますまでは。


 

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