05 墓石に名前を刻めぬ無力な僕を



 すぐに仲間の後を追って死のうと思った。

 ここならば、盗賊の類も山賊の類も来ないだろうと。

 簡易な墓を設け、彼らの装備品も埋めた後に死のうと思った。

 骨を集め。飛び散った肉片も持って。

 何度も泣いて。嗚咽で胸が苦しくなって。

 頭がクラクラする思いで、遺骨を集めた。


「う」


 魔法使いの肋骨を。

 大楯持ちの頭蓋骨を。

 神官の五指の内のどれかの指を。

 斥候は魔獣の腹を割いて、骨盤を。

 皆の記憶が頭に浮かび、泡沫のように消えていくのを繰り返して。


「う”う”う”う”う”っ……!!」


 泣いて。泣いて。足が止まって。


「ごめん、ごめん……。ごめん、なさい……!」


 苦しくなって。


「ぼくのせいで…………ぼくが……ぼくがっ……」


 なんどもごめんと謝った。


「ぼくが……旅に誘わなかったら。みんなは……っ」


 床に頭をぶつけ、旅に誘った己を恨んだ。

 僕が馬鹿だったから、大人に騙されたから。

 勇者だって言われて喜んで、皆を誘わなかったら。


「こんなことに、ならなかったのになぁ……っ!」

 

 言葉は返ってこない。温もりすらもここにはない。

 砕けた骨も集め、飛び散った小さな肉片も手で掬い、埋めた。


(……ぼくのせいだ……ぼくの……)


 名前すらも禄に刻んでやれない自分の無力さを嘆いた。

 字は学んだ。だが、どうも上手く刻めぬのだ。

 

「僕は、皆の名前すら……まともに……刻めない……っ」


 彼らの旅路を思い返して、また涙が溢れ出た。

 何も報いてやれなかった自分も一緒に死のうと思った。

 並べた墓の隣の壁に腰掛け、死が来るのを待つことにした。


「…………」


 そうして二日経った頃、近衛騎士の隊長が言っていた言葉が頭に浮かぶ。


 ──どうせ、殺されないと死なない体なんだから。


 あれはどういう意味だったんだろうか。

 だが、このまま死ぬのだ、と思考を投げ捨て目を閉じた。


 その意味がわかったのが三日目だった。


 死なないのだ。

 死ねないのだ。

 空腹でも飢えでも。ある一定の線までそれらが達すると、ずっとその線上で止まる。

 もう一歩。もう一つ。下に下がろうものなら死ねるだろうと確信がある。

 しかし、繰り返すが、死ねないのだ。


 殺されないと死なない。

 呪いでもかけられたのだろうか。

 かけられたとしたらいつか。

 そんなの考えたらすぐに分かった。


 あの日。勇者になった日。

 目が眩むほどの陽光に体が抱かれたあの日、僕は──死ねない体になったのだ。

 神官が祝福をした。それが、おそらく、コレだ。

 いや、間違いないと断言できる。アレ以外ないのだ。


 死ねないのならば、殺されたら良しと。

 己の刃を地面に突き立て、首を跳ねようとした。

 だが、それもままならない。傷つけても治っていく。

 自殺すらも許されないのだ。

 投身自殺も考えた。が、みんなと同じ場所で眠りたかった。

 

 感情を動かせば魔獣や魔族が生み出される。

 が、それもままならぬ。

 餓えた枯れ木のような体でも、彼らに勝ってしまうのだ。

 殺されようとしても。染み付いた体で斃してしまう。

 いや、それも勇者にかけられた呪いだったのかもしれない。

 でも、いつかは死ねるだろう、と。

 魔王の城と呼ばれる朽ちた古城にて、僕はずっと、ずっと──…………。


 

 

 幾つもの季節を超えた。

 雪に体が埋もれていた日。

 感情も薄れて、肌の感覚も失われていた時頃。

 

 古城に訪問者が現れた。


「ここに魔王がいる……ようやくっ……!」


 それはボロボロな少女だった。

 

 

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