04 平和の犠牲者




「生きてた……って」


「なんで別棟で戦ってんだよ。ふつー広間の方じゃねぇのか?」


 何だ。何が起きている。なんで王国の兵がこんな所にいる? 僕たちを助けに来てくれたのか? いやでも、生きてた、とかって。


 近衛兵の後ろには他の騎士達。

 そして……その後ろに村長の姿も見えた。


「村長……」


 鷲鼻の村長は、僕たちの背中を最後に押してくれた人だ。

 魔王の脅威を語り、この城跡に魔王がいるとも話してくれた。


「良かった……これから村に行こうと思ってたんです。あ、えっと、魔王はいませんでした……安心して下さい」


「……」


 あれ。

 なんで、そんな顔をするんだ?

 なんで……そんな怯えたような顔をするんだ?


「ただ、意味の分からない石があっただけで。その……帰ってきたら祭りを開くって約束なんですが……仲間の弔いもそれと一緒に──」


「隊長殿! 早くコヤツを殺しましょう! 私達の村もそろそろ限界なんです!」


 近衛兵の隊長の腕を縋るように掴み、村長はそう言う。

 

「そん、ちょう……?」


 ころしましょう、って。

 え……? なんで、そんな酷いこというんですか。

 だって、僕たち……頑張って。


「……なんでっ…………」


「こんなことは始めてなんだが、まぁ、やることは一緒か」


 後ろ首をポリポリと掻く隊長は武器を構えた。

 せせら笑う他の団員。怯えたままの村長。

 全部、意味が分からない。


「……」


 動いてくれない頭を剣を握った手でコツコツと叩く。

 だが分からないままだ。分かってくれようとしないのだ。


「なんで、そんなことするんですか……?」


 だから聞いた。震える声を捻り出して。


「ぼくたち、魔王を倒しにきて……でも、いなくて」


 説明をする。

 頭がクラクラしてきた。


「なんで、殺しましょうって。そんな酷いことが言えるんですか……! 僕たちは皆のために頑張ってきたんですよ……!」


「そりゃあそっちの勝手だろ。魔王は何百年も前に殺されてんのによ」


「……殺されてる…………?」


 じゃあ、


「なんで、ぼくたちは……。なんのために」


「平和のためだよ。石碑にも書かれてたろ?」


「へいわ……?」


「だって、魔王がいるって言う方が馬鹿な民衆を騙せるだろ?」


 隊長は語る。


「安全のために徴税をします。武器を売り買いします。平和のために騎士を配備します。だから、勇者を何年かに一回適当に選んで旅をさせんだよ」


 それは答えだったのだろう。


「書いてあったろう? 適当に選ばれた人間だってよ」


 だけど、理解したくない。

 分かりたくなかった。


「嘘だ! だって、国が……どこまで……」


 そんなことができる訳がない。

 だって、みんな魔王に怯えてた。


「みんなはっ……だれが、このことを知って」

 

「貴族は全員知ってる。あと、近衛兵オレらと、こいつの村の奴らだな」


「……っ!」


 魔法使いの言葉が脳裏をよぎる。


 ──ここで生き残っても……どうせ、殺されちゃうんだもん。


 こんな僻地にあの石を作って置ける人物、組織。

 人骨に装備品がないこと。

 広間の補修跡。

 人の出入りの跡。

 城の周りに魔族や魔獣がいなかったこと。

 この場所を指定をした神官や周囲の人物。

 そして、最後に立ち寄った村。


「──…………」


 僕たちの敵は魔王どころか、魔族ですらなかったのだ。


「……死体に装備品がないのは?」


「ン? そりゃあ装備品を売り飛ばして小遣い稼ぎだよ。微々たるもんだが、その取り分はコイツの村に分配をする訳だ」


「…………そうか」


「神官の装備は知れてるが、盾持ちやらオマエやらの装備ってのは高く売れるからな」


「……僕らの装備も……そうか、そうだよな……っ」


 盾と剣を握る手に力が入った。

 背伸びをして買った剣。

 皆で倒した魔族や魔獣の剥ぎ取り品を加工して作り上げた盾。

 救った村の少女が作ってくれたお守り。

 みんなで揃えた首飾り。


「だから死んでくれや。どうせ、殺されないと死なない体なんだから」


 武器が抜かれる音が聞こえた。

 聞き馴染みのない。鞘から剣が抜かれる時の、この音。

 

「──あぁ」


 だからこそ対応ができたというべきか。

 これが音もなく近づく魔獣であったならば。

 これが遠距離から礫を飛ばす魔族であったならば。

 僕はこうも真っ直ぐ、応戦をすることができなかったから。


「なっ──」


 言葉をそれ以上発することを許さず、僕は会話途中で整えていた息を飲み込み、真っ直ぐに武器を振り上げた。


 完全なる油断。近衛兵と言えども、この大陸には一国しかない。

 近衛兵といえども王家に代々くっついているだけの騎士に過ぎない。

 血液の噴射を経て手元に落ちてきた騎士団長の頭を掴み、地面に叩きつけた。


「……1つ」


 人の頭を粗雑に扱うことは当人の、延いては近衛兵の沽券にも関わるだろう。だからこそ、頭部を投げ捨てた。剣に着いた脂を拭く拭紙のように。


「っ!? 貴様は勇者であろう! 何故、そのようなことを!」


「僕らは皆の平和のために、人生を投げ売って旅をし続けた!」


 みんな、ごめん。僕が間違っていたんだ。

 僕らの敵は、コイツらだったんだ。

 僕らを都合の良い言葉で操ろうとする、大人たちだったのだ。

 僕が勇者だなんて言われて、おだてられて……皆を巻き込んで。


「僕は皆の死の無駄にしない。──故に、僕は、貴様らを倒す」


 腹に渦巻く黒い感情が頬を伝った。

 言い訳にしちゃったかな。

 人を殺す理由を、死んだ仲間たちへの弔いって正当化してさ。

 でも、みんなも同じ感情だよね。

 大人どもに利用をされ、道具のように扱われたんだから。


 武器を振るった。血が舞う。

 声を張り上げた。近衛騎士の猛攻に左腕がとうとう千切れ飛んだ。

 盾が落ちて、それを思いっきり蹴り上げた。


 それが怯えながらも武器を構えていた村長の頭部にぶち当たり、後ろの半分ほど折れていた柱に鮮血を撒き散らした。


 ぐら、と屋根が崩れる。柱が折れたのだ。

 もはや崩れかけていたそれを支えるものはなし。

 

「なっ」

 

 倒壊する屋根から逃げることもままならず、残っていた騎士は瓦礫に押し潰された。


 埃の舞う世界でただ一人、それを吸い込み、咳き込む。

 

「………………」


 この場所に来るまでに握った大小様々な手を思い浮かべ、今の血に塗れた手と比べる。

 

「あぁ……ぁ」


 なんで、こんなことになったんだろうなぁ。

 なにか悪いことをしたのかなぁ。

 ただ、勇者だって言われて。

 選ばれたって言われて。

 頑張って。頑張って。やってきたのに。


「あああぁ……っ!!」


 ぺたん、と惨めに座り込んで惨めに泣いた。

 泣き散らかした。

 えんえんと。

 こどものようにずっと泣いた。

 

 失ったものは元に戻らない。

 仲間は──旅を共にしたみんなは戻ってこない。


 そして、感情が揺れ動けば──彼らはまた生まれてくるのだ。


 泣き叫ぶ僕の前に、また『哀しみ』が生まれた。

 屋根を踏み潰し、涎を撒き散らし、クロスボウを引く歯車のような歪な音を喉から鳴らす化け物が。


「もう……1人にしてくれよ」


 生きていても仕方がない。

 だが、僕は武器を振るう。

 未だに自分が何故、生に執着をするのかの理由も分からないまま。


 いなくなった味方の残影を視界の端で追いかけながら、僕は今日も生き残ってしまった。

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