03 戦う意味
武器を振るった。
檄を飛ばして、敵の首を刎ねた。
敵の侵攻は止まる気配がなく、僕達は広間内の端に追いやられていく。
応戦をしていた。しっかりと、いつも通り。
敵の波を押し返すように。いつもやっていたように。
「ねぇ、勇者。この戦いの意味って……なに?」
魔獣や魔族達の甲高い悲鳴や雄叫びの中、言葉が耳の横を掠めた。
ずっと共に歩んできた仲間の声だ。
止めなければ抜けていく言葉。僕は応じた。
「生きて帰るためだ! 魔王がいないとなればこそ!」
この言葉に全て詰まっていた。
魔王がいないのならば。敵がいないと分かったならば。
素直に引き返し、いませんでした、と報告をすれば良い。
「僕が王国に直訴する! なにかの間違いだと思うから」
「──わたし、そこまで馬鹿じゃないよ」
魔法を放とうとしていた杖を収める魔法使い。
武器を振るう自分の肩の向こうで、彼女は目を赤く染めていた。
「ここで生き残っても……どうせ、殺されちゃうんだもん」
「そんなっ……こと」
ない。
と言い切りたい。
が、言い切れなかった。
「オイ! 援護を──」
「もう、いいや……疲れちゃった」
急拵えの陣形だった。魔法を打ち返すことがなくなれば、敵の攻撃がよく通る。
体を魔法使いの前にねじ込もうとして──
目の前で魔法使いの顔面の半分が吹き飛んでいった。
「あ」
──あんたが勇者だって? じゃあ着いていってあげるわ!
──この大魔法使いに不可能はないのよ! わっはっは!
──なーに? 魔法が使いたいの? おこちゃまにはまだ早いわよ。へんっ!
思い出が一瞬にして駆け巡り、目の前に引き戻された。
「うっ、あああっ」
顔だったものの表面が柘榴色に染まり、肉が剥き出しになった。
あっけなく、魔法使いは死んだのだ。
「なんっ……で!」
仲間の血液が付着した視界を擦っていると、その絶望が伝播したのだろう。
ドシンッ──と。
広間が揺れ、敵の奥に魔族が一体降り立った。
魔族の紫色の瘴気が燻る。周囲の魔獣の凶暴さが加速した。
「あ、嘘だ……こんなの」
魔法使いが死んでしまったことで、僕らは絶望をしてしまったのだ。
”絶望したら死にましょう!”
”荒ぶる感情は魔獣を生み出し、魔族を呼び寄せます”
脳裏に宿るのは、刻石の言葉。
「みんな! 武器を──」
左手に盾を。右手に剣を。
敵に飲み込まれぬよう、大楯持ちと代わる代わるの攻撃を繰り返して……後ろで何かが潰れる音が聞こえた。
「──え」
天井から降り注いできた巨人の拳。
その衝撃で地面に転がる錫杖。
拳の下で血液が波状に広がる。
「あ」
再度振り上げられた拳には脂がべったりとくっついて。
油が混ざった血液が地面と拳を繋ぐ粘液となり──潰された地面に神官の服と散り散りになった肉塊が見えた。
「あ、うっ……うううっ!」
──私も仲間になった方が良いでしょうな! 力になりますぞ。
──神官が酔ってなにが悪い! ワッハッハ! こら、待ちなさい!!
──勇者殿も酒を飲みましょう。美味いですぞ。アレほど美味いものはない。
「神官──っ」
徐々に士気が薄まり、抵抗感が──抵抗をする意義を考え出して。
そこからは、なし崩しだ。
斥候の胴体に魔獣が飛びつき、下半身と上半身が分かたれた。
「たい、しょう……」
手を伸ばす斥候の手すらも掴めず、空を切る。
──亜人のオレを仲間に……? さてはお前、変な奴だな。
──大将ッ! 見ろこの宝石を! 目が眩むぞ! 興奮してきたな!
──オレ、お前についてきて良かったよ。魔王を倒してもオレら友達だよな。
「あ、ああっ」
「勇者……ッ!!」
大楯持ちは硬直した僕を庇って魔族に盾ごと貫かれた。
そして、よろめいた所に飛びかかられ、押し潰された。
それを、僕は尻もちをついたまま馬鹿みたいに眺めて……。
──俺も仲間になるぜ。盾持ちはいたほうがいいだろう?
──気張れ! 俺がいる限り、お前らには手も足も触れさせねぇから!
──ただのガキがよくここまで強くなったもんだ。俺は嬉しいぞ!
「あああっ……アアアアアアアアアッ!!!」
僕はただ、武器を振るった。
何の意味があるのか分からず。
大楯持ちの顔面を蹴飛ばした魔獣を射殺し、亜人の死体を咀嚼する魔族を両断した。神官の錫杖を折った巨人の眼球を潰し、両腕を切り飛ばし、海に沈ませた。女魔法使いの死体を弄ぶ魔族を顔面を同じように2つに分け、頭部を鷲掴みにして振り子の武器のように扱った。
どうせ、自分も死ぬだろう。そんな思いを抱きながら。
武器を振るった。味方の武器を拾い、敵を斃した。
やがて、敵の侵攻が収まってきた。
広間を越え、別棟まで続いた戦の音は巨人の掠れる叫び声を最後に沈黙した。
「はぁっ……はぁっ……」
自分だけ、生き残ってしまった。
右目は完全に潰れ、左手の薬指から先が無くなってしまったが。
それでも、生き残ってしまった。
「……なんでっ……こんな、ことに……」
最初は敵の包囲殲滅かと勘ぐった。あの刻石は油断を誘うものだろうと。
だが、違った。
魔王の城を囲むのは皆が「
──ここに魔王なんて、最初からいなかった──
「……」
どうしたら良いか。今後のことなんてなにも頭に浮かばなかった。
ただ胸の中にある寂寞、無力感だけが残っている。
だけど、このままここに居続ける訳にもいかない。
「……村の人たちに……このことを教えないと……」
直近の村、最果ての村にまで一旦戻って、報告をしないと──……
「──あン? 生きてたのかよ」
ガタという物音と同時に聞こえた声。そちらに視線を向ける。
その姿には見覚えがあった。
白銀の鎧。その胸に刻まれた王国の紋章。
魔王城に訪れたのは、我が国──祖国の近衛兵だ。
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