02 刻石に刻まれし言葉
広間に踏み込んで、辺りに気配がないことを確認をした。
黒色の刻石も気にはなるが、まずは周辺の調査だ。
「なんだこの場所は」
その感想が真っ先に出てきた。
空気が澄んで、潮の香りすらもしてくる。
地面には瓦礫と、脂も乾いた人骨のようなものが転がっている。
それを手に取り眺める。死んでから時間が経ち過ぎている。
「人骨だけ。普通なら、衣類や武器も転がっていると思うのだが」
「野盗でも来たか? まさか」
肩を竦める。魔王の城だぞ。野盗なんぞ来るわけもない。
だが、異様だな。広間はたしかに大きい。が、構造が少し歪だ。
途中で補修をしたような。増築をしたような広がり方。それがおかしいと感じるのは僕だけか? そう言えば入り口もだ。あのような扉の理由はなんだ? 貴族の広間にしてはおかしい。
(魔王が住みやすいように改築をしたとでもいうのか?)
まさかな。
「ここに魔王がいる訳じゃないのか……?」
「村人の話ではいると言っていたぞ」
「出立の時に神官様もそう言っていた。いると、ここに」
入り口の扉を開いたまま武器を収め、各々に感じることを口にしていく。五人もいれば感じることに違いがあるだろうと。
「魔族がいない」
「重要な場所なら護りが固いはずだよな」
魔王は魔族の中の王である。そのため、警備は厚いと予想をしていた。しかし、魔族の姿は全く見えない。
だが、確実にこの場所に魔王がいると言われた。
旅をしてきた何年もの間、ここが最終決戦場と言われていたのだ。
「となると……魔王は……」
「オイ、これ」手招きをする斥候は石に触れて「文字が書いてある」
「文字が書いてあることくらい最初から分かってたろ」
「うるさいなぁ。確認だろ。おまえは警戒してろよ」
やはりそれが手がかりになるか。明らかに異質な存在感がある。
「文字はなんと? 読めるか?」
「あぁ。読める。……でも……これは……」
読める。ならば、それは共通言語で書かれているらしい。
しかし、石工の技術なぞ魔族が持ち得ているのか……?
「…………」
なにか、引っかかる。これは何だ。
魔王がいるのではないのか? 魔王は……いないのか?
「どうした。早く読み上げを……」
言葉を紡がなくなった斥候に神官が声をかける。
皆でソレを視ることができたら良かったのだが、警戒を切らす訳にもいかず、斥候が読み上げるのを待っていると、
「────…………魔王なんてものは、存在しません」
斥候の声は震えていた。
誰か分からないが「は」という抜けた声が聞こえた。
いや、全員がそう漏らしたのかもしれない。
僕自身も発したつもりもない。だが、ほとんど空気を吐き出したようなソレは空気を揺らして疑問の声と変わった。
斥候は段々と声色を失いながらも、ソレを読み続ける。
「勇者なんてものも、存在しません。
あなた達は神に選ばれたわけではなく、適当に選ばれた人間です」
「何を……言っているんだ? 本当にそう──」
神官が警戒を解き、確かめるようにソレに近づく。
そちらを完全に向くことはせず、ただチラと目だけを向ける。
しばしの沈黙。神官も言葉を失っている。
「それは、本当にそう書かれているのか!?」
返事は返ってこない。
「どうなんだ!」
「ああ……本当だ……」
絞り出したような神官の声に魔法使いは杖を握りしめる。
「なんで、そんな……勇者、あなたは選ばれたんだって」
「そう言われた! いわれた……ハズだ」
神に選ばれた、といわれた。
だが、それは神官越しにそういわれただけ。
神の代弁者である神官に。僕は、そうやって……。
「──っ」
誰が何を言うわけでもなく、答えを求めるように全員でその刻石を見に集まった。そして、続きの言葉を自分たちの目で追った。
魔王なんてものは、存在しません
勇者なんてものも、存在しません
あなた達は神に選ばれたわけではなく、適当に選ばれた人間です
今まで『平和』のために働いてくれて、ありがとうございます
ここまで無駄な旅を続けてくれて、ありがとうございます
おかげで私達は『平和』を維持し続けることができます
「これは……一体……」
さて、最後にあなた方に私からのお願いをします
王国に戻って来ずに、どうぞ死んで下さい
魔王がいないと困惑し、これを読み、絶望していることでしょう
絶望をしたら死にましょう!
荒ぶる感情は魔獣を生み出し、魔族を呼び寄せます
あなた達が求めていた『平和』のために死ねるのです
地面に転がっている今までの勇者と同じように死にましょう
死んで、私達の『平和』に貢献してください
──そこで、文章は終わっていた。
「なんで、こんな」
読んでいく内に、体に妙な脱力感が加わるのを感じた。
「じゃあ、あの人骨って……」
扉を空ける時にぶつかった乾いた音。
地面に打ち捨てられている崩れた人骨。
身につけていたであろう衣類や装備なんてものはない。
だから、個人を特定をすることなんてできなかった。
だが、もし、本当にアレが勇者の人骨だとして。
「私達って……何のために」
「今までの旅は、なんだったんだ……?」
「魔王はいなくて、勇者もいなくて……じゃあ、本当に」
信じたくない。だが、信じざるを得ない。
ここにいると言われていたのだ。
そして、そこにあったのは明らかに人工物の刻石。
この『魔王城』に来るまでに感じた違和感。
それらが紐づき、刻石の文字が嘘だとは思えないのだ。
「じゃあ、私達……これから、どうするの」
「魔王がいなかったなら……帰るしか」
「帰って……どうするの。死んで下さいって言われてるのに」
「落ち着け。大丈夫だ」
「平和のために頑張ってきたんだよ……! その結末がこれなの?」
「大丈夫だ。まだ、何かある──」
──カタッ。
その時、後ろから物音が聞こえた。些細な物音だ。
扉から顔を覗かせていたのは、舌が長い三つ頭の魔獣。
その魔獣の体の周りには不定形な赤いモヤがかかっている。
「魔獣……ッ」
あぁ、これは、マズイ。
僕らは染み付いた動きを繰り返すように、武器を構えた。
──ぱらっ。
今度は上から物音が聞こえ、禿げた天井を恐る恐る見上げる。
「……」
巨人だ。巨人が顔を広間を覗き込んでいた。
掴まれた天井の端から土塊が地面に落ちてくる。ぱらぱら、と。
「ねぇ……これさ」
女魔法使いは杖を構えながら、口元を震わせる。
「マズイよね」
その声が皮切りとなったのか、城全体が揺れ始めた。
魔族が大挙して押し寄せてきた。
──『哀しみ』が生まれてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます