偽りのレナータ〜非力な悪役令嬢は魔王を倒すために勇者と旅をする。ただし、この令嬢は元勇者であり、自分は悪役のつもりなんてないものとする〜

久遠ノト

第1章:偽物と偽物と本物

プロローグ

01 勇者、魔王の城へ


 目が眩むほどの陽光に体が抱かれたその日、僕は何者かになれた気がした。

 ただの村人だった僕。金も無ければ、地位も無い。身長も人望もない。

 だけどそんな僕に、神官服に身を包む糸目の神官様は手を差し伸べてくれたのだ。


『あなたは神に選ばれた【勇者様】です!』

 

 そのたった一言で、僕の人生に色が着いた気がした。


 ──勇者に選ばれた日──

 

 魔王との戦争は何千年と続いている。

 勇者は魔王を倒せる唯一の存在なのだ。

 お伽噺でもそう聞いたし、神官様もそう言っていた。

 誰も彼も、僕自身もソレを疑うことなんてなかった。


 一人だと不安だから、仲間を募った。


 魔法使いと神官が最初に仲間になってくれた。

 盾使いが次に仲間になってくれた。その後は斥候だ。

 そのたった5人で僕らは旅を何年と続けていたのだ。

 それも明日で終わりとなる。


 ──魔王城に攻め入る前日──


 僕らは、魔王城に最も近いとされる村で最後の準備をしていた。

 村人達が僕たちを鼓舞するために祭りを開き、背中を押してくれた。

 瘴気に中てられ、作物が育たぬ不作の地で出してくれたご飯をしかと噛み締めた。

 そして、僕らは魔王を倒した暁には再び祭りを開きましょう、という約束をした。


「いよいよ、明日だな」


 乾いた木枝を寄せ集めて作った簡易的な篝火を囲っていると大楯使いが鼻を啜り、洋杯ジョッキを振り回しながらそう話す。


 こんな日まで酒精を抜かないのは彼なりの平常心の保ち方なのだろう。

 だれもそれを咎めたりはしない。各々、自分が最も「いつも」を出せる状態にしておくべきだと理解をしているからだ。

 酒精が入ったとしても頬は赤らむことはなく、言葉尻も淡々と。

 一党の兄貴分である彼は、皆の顔を見回して僕へ洋杯ジョッキを傾けた。


「なァ? 勇者よ」


「……ま、まーね」


「そうね。さすがに口数が少なくなり過ぎだったわね!」


 だらんと垂れ下がった鍔広の帽子を取り、はふぅ、とため息をつく魔法使い。

 普段の様子を取り繕えども、自分でも気づかないところで緊張はしているもの。

 魔法使いは寡黙な人物が多いが、それでも彼女はよく喋るし、よく怒る。

 目立って口数の減っていた彼女は、謝るように、そして自分を鼓舞するように洋杯ジョッキの中の麻痺毒エールを飲み干した。


「ぐぇっぷ……う、ぐぷ……やっぱり苦手かも。おくびがとまらないのよね、ぐぷ」

 

「では、拙僧らも少し酒精を呷った方が宜しいかも知れませんなぁ」


 禿頭の神官は魔法使いから黄金の麻痺毒を受け取りながら笑みを浮かべる。


「もーらい」


 その洋杯を横から奪い取った黒毛の亜人斥候はぐびっとそれを呷った。

 ぷは、と口元を拭うとそれを神官に奪われぬようにして悪童のように笑う。

 

「っつっても、城周辺の偵察は終えてんだ。緊張しすぎんなよ! げぷ」


 あとオマエは酒を飲むな、と神官に指をさした。尖った爪が頬に食い込む。

 すぐに酔いが回る神官は旅の道中で問題を起こしてきた。

 平常心を保つどころか損ねる可能性がある人物に麻痺毒を飲ませる訳にもいかず。


「あと大将も。顔が怖いって」


「……そうかな」


「そうだ。飲め! 友よ! 少しくらいなら構わんだろう!」


 亜人斥候が飲んだ後の洋杯を向けてきて、それをちびと飲んだ。

 体格に恵まれなかった僕だが、ようやっと18歳になった。それでも小さいままだが。

 皆は成人になる15歳で、年齢を数えるのを止めるらしいが僕はそうじゃない。

 覚えているからどうという訳ではないが、こういうのは気持ちの問題だ。

 

「ふぅっ……」と鋭く息を吐いて、意識を一点に集める。「……うん」


 洋杯の底に溜まった麻痺毒に反射する白い月を眺め、皆の顔を見上げた。


「みんなっ! 明日は、勝とうね……! げぷっ! 勝とう、ねっ!」


「おお!」


「締まらねぇなあ~」


 皆からの返事を受け、いよいよその日がやってきた。


 晴天。魔王討伐を満天下に知らしめるにはこれほどうってつけの日は無い。

 出てくる魔獣良し。最後の足掻きとも感じ取れるほどの手強い魔獣たちだ。

 なるべく温存をしておきたいため、一党内の顔色を伺いながら、東上していく。


「休憩は」


「要らん。屁でもない」


「なら良しと。背伸びはしないでよ?」


「背伸びなんてしなくても俺ぁ、勇者よりもデケェんでな」


「もー。……まぁ、うん。そうだね。大丈夫そうだ」


 『魔王の城』と言っても、結果そうなっただけであり、元々はそうではない。

 魔王、並びに魔族や魔獣は略奪種であり、何かを作る能力はないのだ。

 そのため、ここは元々は人の住まう土地。とある国の辺境の都市だったと聞く。

 そこの領主が住んでいた『城』が魔王の城として利用をされているだけだ。


(だから、城の周りには都市が形成されている。……当然、廃墟だが)


 構造やおおよその位置というのは、他都市と似通っている部分がある。

 戦闘を避けるための通路を斥候が探し、危なげなく進んでいく。

 かつての建物なぞは経年劣化し、その有体を保ててはいない。

 市街地であっても魔族や、魔王との戦争の歴史が刻まれている。

 頭部のない銅像。中折して隣の建物に突き刺さる蔦の絡みつく塔。

 足場の石畳の隙間からも草木が存在を主張をし、押し退けて成長をしている。

 魔石が群晶し、陽光を受けて紫色に怪しく光を発している。


「……でも、ここまで入ってきて敵影なしか」


 泥濘んだ場所を避けて通り、目的の城までやってきた。

 目配せを行い、少し警戒の紐を緩める。


「敵……本当にいないね」


「都市部に入ると一匹もいなかったな」


「外周の森林地帯の方が手強かった。……おかしいわよね」


 都市部に入るまでの魔獣の侵攻が嘘かと思えるほど閑散としている。

 ここは敵にとっての王城。それを警備する兵というのは当然いると思っていたが。

 斥候の事前調査でも、敵の勢力の確認はできなかったが……まさか本当とは。

 順調だった足取りの先に黒いモヤがかかった気がした。


「……行こう。僕たちができるのはそれだけだ」


「だな。今更、悩んでも仕方がない」


 敵がいた場合といない場合で行うことは確認済み。敵影なし。正面からの突入だ。


「……気配はせんな」


「どうなってるんだ」


 城の構造は基本的に一緒。それに市街地の規模からしてもそこまで大きくはない。

 斥候の調査によるとどうやら大広間があり、そこが一番怪しいと言っていた。

 城も市街地同様老朽化が進んではいるが、広間辺りがやけに新しく思えたのだと。

 魔族も人型とは限らぬ。生活をするためだけの広い空間が必要だ。広間は最適か。


「城跡に広間か。大きさは」


「かなり大きめ。そこらの教会よりも大きいかな」


「……」


「何かおかしいところでも?」


「市街地の規模からしても、そこまで大きい領地ではなかったと思うんだがなぁ」


 教会の構造に城は似通うため、通常の貴族でも広間くらいは持つのはそう。

 でも、広間の大きさは別に生活に重要な点ではない。

 そこまで大きくはない都市の城なのに、さぞ優秀で敬虔な領主だったのか。


(それとも、この都市は本来はもっと大きな場所だった?)


 この魔王城は沿岸部に位置している。

 海の外との交易を行っていたならば、この都市の発展具合は比較的小さめだ。

 うーん。魔王が顕現をしてから数千年と経つ。今の価値観では測れんか。


「貴族様の城だ。見栄っ張りってのもあるんだろうさ」


「……そうか。そうだな」


 深く考えることでもあるまい。

 斥候の道案内の元、壊れた回廊を渡り歩き、一つの扉の前に立った。

 

(ここが広間……ここに魔王がいるんだな)


 言われてみると他の箇所よりも出入りの跡が見え、補修の跡も伺える。


「……」


 扉を開けた隙に狙われないよう、盾と迎撃用の魔法、奇跡の準備。

 息を潜めながら、声は発さずに手合図で準備を進める。

 高位の魔族よりも上位の存在だ。侵攻は気づかれてはいるだろう。

 が、それでも僕らは悟られぬように扉をゆっくりと開いていった。

 魔蟲の悲鳴のような音を響かせながら扉が開かれる。

 カラコロと乾いた何かを押しのけていく音が聞こえ、扉は完全に開かれた。

 

「…………っ?」


 広間が見えて、僕たちは体が石のように固まった。

 徒広い空間の上部は空が禿げて見え、空間の照明となっている。

 だから、と言うべきか。その空間にあるソレに意識が集中した。

 汗が額に浮かぶがそれは緊張ではない。冷や汗と呼ぶべきか否か。

 されども、恐怖という感情は一切なく、不気味さと形容するが相応しい。

 

「アレ……は、なんだ……?」


 疑問の声も当然漏れ出る。

 握っていた柄は握力が緩まったことで、居心地が悪そうにその傾きを変えた。

 広間にいたのは『魔王』なんかではなく、明らかな人工物。

 崩れた地面に堂々と佇むのは、光沢を放つ黒い四角のソレ。

 

「──刻石のようだな」


 神官の言葉に頷き、僕たちは魔王がいるとされていた広間の中へ入っていった。

  

 

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