第15話 パート練

 その時、どこからか明瞭な音色が聞こえてきた。


「お、この音は裕真君かな」


 桜にも聞こえたようで、教室の窓を開けてベランダに出る。


「そういえば裕真君、自分のトランペット持ってたよね。いいなぁ、あたしも自分のホルン欲しいなぁ」


 深月は手に持っているフルダブルホルンを見下ろした。少し塗装が剥げ、小さい凹みもいくつかある。


「まあ、ホルンって高いからね〜」


 桜が苦笑いしながら戻って来る。そして壁に掛かっている時計を見て「あ」と声を上げた。


「そろそろパート練の時間だ」


「え、やばい、全然できない!」


 深月が慌てて楽譜をめくる。


「あはは、まあ、今回の範囲はそんなに難しいところじゃないから。……にしても時間足りなすぎるよ。あと三週間で定期演奏会とか信じられない」


 桜がため息を付いた。


「曲も多いし、ゴールデンウィーク終わったら合奏漬けだろうなぁ」


「……そう言えば、どうしてうちの学校は定期演奏会が今月末なんですか? 星羽は九月ですよね?」


 深月が疑問をぶつけると、桜は「うん」と頷いた。


「そうなんだけど、うちの学校は全国大会にも出るようなところだから、入れられるのがこの時期だけなんだ。その分、一年生の負担は大きいけどね。二、三年は春休みがあるんだけど」


 と苦笑いする。


「星羽高校はそういうのお構い無しみたいだから。うちも星羽も同じくらいのレベルだけど、あっちの方がしんどい気はするな〜」


「…………」


 奏音はそっとうつむいた。


(あれがなければ、星羽行ってたんだけどな)


 きっと、吹奏楽のためならどんなに辛い練習でも耐えられただろう。実際、星羽中学校の吹奏楽部の練習はとてもキツく、一ヶ月休みがないこともザラだった。奏音達の学年は、最初は三十人ほどいたものの、奏音が辞める頃には二十人に減っていた。


 それでも、奏音は苦と思ったことはなかった。ただただホルンを吹いているのが楽しかった。


「……さ、パート練習しよ」


 落ち込んでしまった奏音に気づいたのか、桜が明るい声で言った。


「えーっと、八六小説のアウフタクトから行こっか。ここはハモリだから、ピッチ気をつけてね」


「はい」


「じゃ、行くよ」


 メトロノームをつけた桜はホルンを構えた。


「一、二」


 桜のカウントに合わせて息を吸い、ホルンを吹く。


 ホルン特有の柔らかい音がハモって、教室に響く。


「……うん。いいんじゃないかな」


 吹き終えた桜が頷く。


「ただ、深月ちゃん、若干ピッチが低かったかも。ここはメロディー以外だとホルンしかいないから、もっと息吸ってたっぷり吹いて」


「はい」


「あとはクレシェンドがちょっと弱かったかな〜。ここからラスサビに入るから、もっと盛り上げないと」


 奏音は頷きながらカラーペンで楽譜に印をつけた。


「そんなとこかな。2人はなにか気づいたことある?」


 桜に訊かれた奏音と深月は顔を見合わせ、頭を振った。


「オッケー。じゃあ次はここかな。次の曲の十一小節からの細かいリズム。ここはカンニングブレスしてもいいから、とにかくハッキリと吹くこと。それから――」

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