第14話 あのとき

 翌日。奏音が電車のドア付近で揺られていると、電車が駅に停まった。そして裕真が乗ってきた。


「あ、裕真」


「……おはよ」


 それだけ言い、奏音の正面の壁に寄りかかる。その手には黒いケースが下げられていた。


「それって……」


「……ペット」


 床に大事そうにケースを下ろした裕真はポケットからスマホを取り出した。そして手すりにつかまりながらスマホをスクロールしていく。奏音はスマホを見るふりをしながらそっと裕真を見た。


 少し無造作な黒髪に整った顔つき、長いまつ毛。俗に言うイケメンだ。最近、裕真に一目惚れした女子が多いらしいと美羽が言っていたのを思い出す。


(一目惚れ、か……)


 確かに、中学の時、奏音が知る限り五人の女子から告白されている。イケメンな上にクールな性格、それでいてトランペット吹きというギャップ。モテるのも無理はないだろう。


(裕真はそもそも好きな人なんて作るタイプじゃなさそうだけど)


 基本的に一人が好きなタイプだ。


 ……だが、それならなぜ。


(……あんな顔、してたんだろう)


 不意に、記憶が蘇る。


『……奏音っ』


 普段は無表情の裕真が、縋るような声と表情をしていたのを思い出す。あんな顔をしていたのは、あとにも先にもだけだった。


(……裕真は、私のことどう思ってるんだろう)


 小学生の時から一緒だった。家は近くなかったが、親同士が知り合いなこともあって、クラスは違えど一年生の時からよく話していた。その頃から裕真はあまり感情の機微がなかったが、奏音の前では笑うこともあった。


 しかし、男子達にからかわれることもあり、次第に疎遠になっていく。再び話すようになったのは中学生で吹部に入ってからだ。裕真はさらに感情を表に出さなくなっていて、奏音と話すときも素っ気なかった。


 そんな裕真が、あんな顔をした。


(私と裕真はただの幼馴染……だよね。あったら、誰だってああいう顔するよね)


 そう割り切って見たものの、胸のざわめきは消えなかった。窓に写った自分の顔は、頬が少し染まっていた。



「奏音ちゃん、だいぶブランク埋められてきたね! 奏音ちゃんに抜かされちゃうな〜」


 個人パート練習。奏音のホルンを聴いた桜が言った。


「そんなことないですよ」


「もー、そんな謙遜しなくていいのに! もともと上手かったけどさ、最近上達してるよね〜。私なんて、半年吹かなかっただけでタンギングめちゃくちゃ下手になっちゃった」


「もともと?」


 話を聞いていた深月が口を開く。


「やけに仲が良いと思ってたんですけど、奏音ちゃんと桜先輩って知り合いなんですか?」


 桜と奏音がハッとする。


 奏音は、星羽中から来たことを隠していた。話せば、夏コンの事件がバレてしまうからだ。あのときの舞台は東北大会。星羽中のホルン吹きだと言ったら、バレてしまう可能性がある。


「……家が近くて、小学校同じだったんだ〜」


 桜が何とか取り繕う。半分本当、半分嘘である。二人の家は近くなどない。だが、星羽小学校は大きい小学校だったため、当時は知らなかったものの同じ小学校だったのだ。


「あ、そうなんですか! いいなぁ、先輩と家近いって」


 どうやら、納得してくれたらしい。奏音がチラリと桜を見ると、桜は『ごめんね』と片手を上げた。軽く頷いた奏音はホルンを構え直した。

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