第13話 パート割り
「では、一年生の楽器を発表します」
五月一日。奏音達一年生は部室とは別の教室に集められていた。教卓には、藍子が立っている。
「まずフルートパート、一条朔君」
「はい」
「クラリネットパート、鈴木詩歩さん、山口つかささん、飯沼透也君」
「はい」
順調にパートが発表されていく。今のところ、全員が続投のようだ。
「トランペットパート、相葉裕真さん、若林柚月さん」
「はい」
裕真は表情一つ変えず、静かに返事をした。
次はホルンパートだ。深月もホルン希望だったが、二人通るだろうか。それともどちらかが落とされてしまうのか。奏音は冷水を掛けられたように体温が一気に低くなっていくのを感じた。
「ホルンパート、若林深月さん」
(え……)
ダメなのか――そう思ったとき。
「西野奏音さん」
名前を、呼ばれた。刹那、一気に緊張が解ける。
「――はい」
掠れた声しか出なかった。だが、嬉しかった。だんだん指先が暖かくなっていく。
チラリと裕真を見ると、裕真も奏音を見ていた。そして軽くうなずく。
(やった……!)
思わずそう思った。
事件が起きたのは、トロンボーンが発表された直後だった。
「ユーフォニアムパート、佐々木茉奈さん」
「え……」
茉奈が絶句する。
「チューバパート、秋山凛さん」
「は、はい」
「以上です。今回、希望楽器にはならなかった人もいますが、吹奏楽部は全員が主役の部活です。精一杯、頑張っていきましょう」
藍子はそう言って教室を出ていった。
「どうして……」
茉奈の震える声が空気を破る。
(そういえば、確か……)
机に突っ伏す茉奈を見た奏音は、一週間前の茉奈の自己紹介を思い出した。
『チューバを吹いていました』
(そっか、あの子違う楽器なんだ……)
茉奈と同じ中学だという風花が茉奈を慰めていて、隣に座っている凛が気まずそうに小さくなっている。
「――ねえ、凛」
しばらく肩を震わせていた茉奈はふと口を開いた。
「えっ? あ、うん」
突然呼び捨てにされた凛は素っ頓狂な声を上げながらも返事をした。
「……悔しいけど、私を蹴り落としたからには、上手な演奏、してよね」
泣き腫らした顔を上げた茉奈は軽く笑って見せた。
「……うん」
呆気に取られていた凛はやがて優しく微笑んだ。
それを見ていた裕真がそっと立ち上がり、教室を出ていく。
「あっ、裕真」
奏音は慌てて裕真の後を追った。
「ねえ、どうしたの?」
廊下の端までやってきた裕真はくるりと奏音を振り返った。
「……あの雰囲気なら、大丈夫そうだな」
「あ……」
裕真の背後の窓から西日が射し込んでいて、裕真の表情はよく見えない。しかし、口調は至って真剣だった。
「……うん」
小さく頷く。
「ありがと、心配してくれて」
「……別に」
裕真がプイと横を向く。
あのときの記憶が一瞬フラッシュバックするが、すぐに振り払う。
(もう、大丈夫)
裕真の言う通り、あれなら心配ないだろう。きっと、安心してホルンを吹くことができる。
「……行くぞ」
それだけ言った裕真が奏音の横をすり抜け、教室に戻っていく。
「待ってってば!」
奏音は微笑みながら裕真を追いかけた。
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