第12話 高音
一年生の自己紹介が終わり、顧問の自己紹介になった。
「初めまして。吹奏楽部顧問の
三十代後半ぐらいだろうか。髪をポニーテールにしていて、ナチュラルなメイクをしていた。
「えー、副顧問の
白髪の混じった癖っ毛で、五十代ぐらいの宏樹は軽く頭を下げた。
そして、全員の自己紹介が終わった。
「ありがとうございました! じゃあ、これから二、三年生は練習に移って、一年生は仮入部期間と同じようにやりたい楽器のところに行ってね。担当楽器を決めるのは今週の金曜日になります」
來亜が立ち上がって言い、一同は座っていたパイプ椅子を片付け始めた。
「お疲れ、奏音ちゃん」
ホルンをケースから出していた桜が奏音に笑いかけた。
「緊張した……」
奏音が息をつきながら椅子に座ると、桜は組み立てていたホルンを手渡した。
「まあまあ。吹部に入ったってだけでも、大きな進歩だよ」
「……ありがとうございます」
奏音がホルンを受け取ったその時。
「あ、奏音ちゃんだよね」
突然声をかけられた。驚いて振り返ると、さっきの双子の片割れが立っていた。確か妹の……
「……若林さん、だっけ」
「そう! けどゆずがいるから、名前で呼んで! 深月だよ!」
「えっと……」
「あ、ホルン希望?」
奏音が戸惑っていると、桜はさり気なく口を挟んだ。
「あ、そうです!」
「ちょっと待ってね。今組み立てるから」
「ありがとうございます!」
ぴょこんと頭を下げた深月は奏音の横に座った。
「中学校のときは、私の学年でホルンはあたしだけだったからパートに同級生がいるってなんか新鮮だなぁ」
独り言のように言った深月が奏音を見て笑う。
「奏音ちゃんって、高音と低音どっちが得意?」
「えっと……どっちかって言うと高音……かな?」
「マジ!? あたし低音だからちょうどいいじゃん!」
「そんな偶然あるんだね〜」
ちょうどホルンを組み立て終わった桜が口を挟んだ。
「私はどちらでもって感じだから、心強いよ」
深月にホルンを渡した桜はチラリと奏音を見た。
(……得意なのは高音、か……)
ホルンを握る手に力を込めた奏音は自分がいった言葉を反芻した。
(その高音を、あのとき外したのに)
あのとき、ホルンパートの中で高音を安定して出せたのは奏音だけだった。だから、桜達を差し置いてファーストを任された。それなのに――
「奏音ちゃん」
突然、桜の声がした。ハッと横を見ると、桜は楽譜に何か書き込んでいた。奏音を見てはいなかったが、その横顔は真剣だった。
「奏音ちゃん?」
何も知らない深月が奏音の顔を覗き込んでくる。
「……ううん。なんでもない」
軽く笑った奏音はホルンを口に当て、吹き始めた。
深月は奏音を気にしながらもマウスピースを口に当てた。
放課後。奏音が駅で電車を待っていると、隣に裕真がやってきた。
「……お疲れ」
それだけ言って、缶ジュースを差し出してきた。奏音の好きな桃のジュースだ。
「え……いいの?」
「間違って買った」
「……そっか。ありがとう」
(……絶対嘘だよ)
自動販売機で買うジュースを間違えるなんてないだろう。裕真が奏音のために買ってくれたのだ。
そっと頬を染めた奏音はジュースのプルトップに指をかけた。カシャンという音が、小気味よく響いた。
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