第9話 オリエンテーション
「でも……やっぱり、怖い……」
「大丈夫。私も裕真君もいるんだから。それに、奏音ちゃんの味方は、もっといるはずだから」
堪えきれず、頬を水滴が伝っていく。
桜は何も言わず、頭をなでてくれた。
(……そっか……私、やってもいいんだ……)
吹奏楽をやる自分を認めてくれる人がいるのなら。やってみてもいいかなと思えた。
「えっと、ホルンやりたいんだよね。はい」
音楽室に戻った桜は奏音にホルンを渡した。
「あ、ありがとうございます」
少し震える手で受け取った奏音は側の椅子に座った。
(……ホルンって、こんなに重かったっけ)
フルダブルホルンの重さがズシリとくる。自分が中学生の時吹いていたのもフルダブルホルンなのに、やけに重く感じる。
乾燥した唇を軽くなめ、マウスピースを口に当てる。深く息を吸い込んで、温かい息を吹き込んだ。
――柔らかい、温かみのある音。
(……出た)
ピッチは合ってないし、アタックもひどい。けど、聴き馴染んだ
「……よかったな」
いつの間にかトランペットを持ってそばにいた裕真が口を開いた。
「……うん」
奏音は頬を染めて微笑み、再びマウスピースを口に当てた。
「――やっぱり、やってよかったな」
帰り道。最寄り駅のホームで電車を待っていると、不意に裕真が口を開いた。
「……うん。怖かったけど……勇気出すって、大事だね」
口から自然と溢れた言葉にハッとする。中学生の時、こんな風に思えたことは一度もなかった。
――自分さえ、いなければ。
そんな思いに囚われたこともあった。
「……今だから言うけど、皆、ずっと奏音の事心配してた。けど、気を使って、連絡は取ってなかった」
そんな奏音の心を見透かしたのか、裕真が言う。
「……そっか」
自然と口角が上がる。
電車の音が近づいてきた。明日は、入部届の提出日。自信を持って吹奏楽部と書ける。
ホームに、爽やかな風が吹き抜けていった。
翌週。四月最終週の月曜日に、奏音達吹奏楽部の新入部員は音楽室に集合していた。部室の中央には円を書くようにパイプ椅子が並べられ、新入部員を含めた吹奏楽部員全員が着席していた。
「皆さん、燕学院吹奏楽部へようこそ! パーカッションパートで部長の
立ち上がって話しだしたのは、部活紹介のときにステージに立っていた男子だ。
「早速ですが、本日はオリエンテーションをしたいと思います。三年生から順番に、名前、クラス、担当楽器、好きなものやことを言っていってください。一年生はやりたい楽器や中学校でやっていた楽器でいいよ。――何か質問がある人はいますか?」
來亜は尋ねながら部員を見回したが、誰も手を挙げなかった。
「――じゃあ、早速僕からいかせてもらいます。さっきも言ったけど、名前は三雲來亜。クラスは三年四組で、パートはパーカスだけどドラムをやることが多いかな。好きな音楽はボカロです。よろしくお願いします」
少し癖のついた黒髪に垂れ目の來亜が頭を下げると、拍手が起こった。
「よっ、イケメン部長!」
「お前ボカロ好きだったのかよ!」
「ちょっ、やめろよ」
裕真の隣に座っていた奏音は同級生の男子にいじられる來亜を羨ましそうに眺めていた。
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