第8話 未練があるなら
(どうして普通に、話してくれるの)
奏音が二年生のとき、桜は三年生。つまり、全国大会に出場できずに部活を引退した代なのだ。だから、奏音を恨んでいても不思議ではないのに。
足が、震えてくる。息ができない。
「……奏音ちゃん? 大丈夫?」
奏音の様子がおかしいことに気づいた桜が手を伸ばしてくるが、奏音は一歩後ずさった。
「奏音っ」
それに気づいた裕真が駆け寄ってきた。
「裕真君!」
「奏音、落ち着いて」
裕真が奏音の肩に手をおいて声を掛ける。もう奏音の顔に色はない。
「奏音ちゃん、落ち着いて、ゆっくり息吸って!」
桜がホルンを床に置き、奏音を抱きしめる。
「っ、ハァ、ハァ……」
深呼吸をした奏音は浅い呼吸を繰り返した。激しく波打っていた心臓が落ち着いてくる。
「大丈夫?」
騒ぎに気づき、周りの部員達も集まってくる。
「大丈夫大丈夫。ちょっと喘息起こしちゃったみたい。私保健室に連れて行くから」
笑って手を振った桜は奏音の手を引いて部室を出た。
「――ごめんね、奏音ちゃん。わざと言わなかったんだけど、逆効果だったみたいだね」
保健室には行かず、中庭に出た桜は奏音をベンチに座らせた。そして自動販売機で買ってきたペットボトルのお茶を差し出す。
「あ……ありがとうございます」
「落ち着いた? お茶でよかったかな」
「はい」
桜は奏音の隣に座り、紅茶のペットボトルの蓋を開けた。
「あの……どうして、桜先輩は……」
「別にあのこと、気にしてないよ」
桜は奏音の言葉を遮って口を開いた。
「確かにああいう結果ではあったけど、奏音ちゃんのせいじゃないし。吹部は個人でやるものじゃない。だから、奏音ちゃんが重く考える必要はないんだよ。全国に行けなかったのは、私達三年生の力不足だから」
桜の言葉が、冷たいお茶と一緒に奏音の体に染み込んでいく。
「でも……私が間違ったのは事実で……」
「だからさ!」
突然、桜が身を乗り出してきた。
「燕学院吹奏楽部の皆で、全国大会目指そうよ!」
「えっ?」
奏音は目を丸くした。
「ここ、
「で、でも……」
奏音がためらうと、桜は真剣な顔になった。
「奏音ちゃん。過去に囚われてたら、何もできないよ」
「……」
桜は持っているペットボトルに視線を落とした。
「ホントはね、高校入って吹部やらないつもりだったんだ。あのステージで全力を尽くしたつもりだったから満足してたんだ。けどね、ここのオープンキャンパスで吹部の演奏聴いて、衝撃だったんだ。皆すっごく楽しそうに演奏してて。星羽は、ずっとピリピリした感じがしてたからね。もっと楽しく上を目指せると思ったから、近い星羽高校じゃなくて燕学院にしたんだ」
ふと、桜は顔を上げた。
「奏音ちゃんも、そうでしょ? あの演奏に何か感じたんでしょ?」
「……」
「だったら、一緒にやろう。やりたいことはやりたいときにやるのが一番なんだから。やっぱり辛かったら、やめてもいい。未練があるなら、やらないと損だよ」
「桜先輩……」
桜の優しい微笑みがぼやけて歪む。
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