第5話 夕焼けとトランペット

 奏音の家は、音楽一家だ。父親は世界的に有名な指揮者、母親は世界的なピアニスト。そんな二人の間に生まれた一人娘が、奏音だ。けれど、両親は奏音に音楽を強要することはなかった。


「奏音は奏音のやりたいことをやればいいよ」


 中学一年生のとき、部活に迷っていた奏音に母親はそう声をかけてくれた。それでも、奏音は吹奏楽部を選んだ。特に理由があったわけではない。けれど、生まれたときから身近にあった音楽が本当に好きだった。


 世界を飛び回っている二人が家に帰ってくるのは年に数回だ。その間は、雇っている三人の使用人が奏音の世話をしてくれていた。


 奏音が吹奏楽を辞めたとき、両親はツアー中だったにも関わらず帰ってきてくれた。


「大丈夫。奏音がやりたいことを探せばいいから」


 泣きじゃくる奏音を抱きしめて、二人はそう言った。その暖かさにどれだけ救われたか。


 すぐに海外に戻ってしまったが、その言葉のおかげで奏音は何とか前を向けた。不登校にはなってしまったが、気を持つことができた。



「……あれ?」


 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。真っ青だった空はいつの間にか赤く染まっている。


(昔の夢見ちゃってたな)


 軽く目を擦って、制服から着替えようとベッドから降りた。



 翌日。奏音は写真部の見学に行った。小さな部室の中には鍵付きのガラス戸棚があり、中には一眼レフカメラなどがずらりと並んでいた。壁には額に入った賞状や写真が飾られている。


「活動日は決まってなくて、皆好きなときに来て写真撮ってるから、結構自由だよ〜。長期休みは写真撮るために山奥に合宿行ったりとかしてるけど」


 写真部の部長の三年生の女子生徒が説明してくれる。けれど、いまいちピンとこなかった。


 次に向かったのは映画部だ。


「活動は週一で、こうやって映画見たり、文化祭では自分達で作った映画を上映したりしてるよ」


 アニメ映画を上映中の視聴覚室の中で、部長の男子生徒が見学に来た一年生達に説明している。


(作るってことは、出なきゃいけないんだ……それはちょっと……)


 結局、説明を聞くだけで終わってしまった。


「どうしようかな……」


 赤く染まり始めた光を浴びながら廊下を歩く。と、奏音の耳に何かの音が滑り込んできた。明るい、パリッとした音色。


「……トランペット?」


 屋上からのようだ。その明瞭な音に呼び寄せられ、奏音の足はいつの間にか階段を登っていた。



 屋上の扉を開けると――夕焼けに照らされ、誰かがトランペットを吹いていた。吹いている曲は分からないが、トランペットらしい、明るく華やかな曲だった。


 と、人影が奏音を振り返った。逆光で顔がよく見えないが、人影は真っすぐ奏音に向かって歩いてくる。


「……奏音?」


 人影が発した声にハッとする。


「裕真……?」


 人影は裕真だった。手には、夕焼けに輝くトランペットを持っている。


「そのトランペットペット……」


「これか」


 裕真はトランペットを軽く上げてみせた。


「合格したとき、買ってもらったんだ。家じゃ吹けなくて、ここで」


「そうなんだ……」

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