第5話 空手部始動

 僕とミオリさんの入部をもって、正式に部と認められた、空手同好会。


 この日から本格的に空手部としての活動を始めるとあって、先輩たちは張り切っていた。


「さあ、今日が記念すべき第一歩だ。みんなで部を盛り上げていこう」


「うん、今日から本格的にスタートだね。まずはミオリの昇級試験と、コウキくんの調……じゃなくて……指導を行うことが目標かな」


「…………」


 いや、聞こえたよ。カリナ先輩、いま調教って言おうとしたよね。


 いきなりですか。

 

 また僕を揶揄おうという魂胆が見え見え。もう騙されませんからね。


 なんて思っていたけど、ミオリさんが真顔で……。


「コウくん、気をつけてね。アレ、本気マジだから」


 えっ……いや、嘘でしょう。

 冗談って言ったじゃん。


 けれど、そんな希望も虚しく、この日から先輩同士で僕の取り合いが始まった。


 というのも、仮入部では僕の相手を部長がしてくれていたので、今度は私というのが、カリナ先輩の言い分だ。


 二人は普段から仲はいいが、この件になると揉めるらしい。


 で、結局……。


 バシッ。


「あっ、ごめん。当たっちゃった」


「もう、メグミは寸止め下手なんだから、私と代わってよね」


「なにを、カリナだって、きのう当ててたでしょう」


 ああ、また始まった。


「そりゃあ、私だってたまにはヘマもするわよ。でも、メグミったら、毎回じゃない」


「そんな事ない!」


 こんな言い争いが続く毎日。


 彼女たちが何を行っているかといえば、僕を立たせての組手だ。

 

 まだ、基本的なことしか教わっていない僕に組手はできないから、棒立ちでいるだけでいいって話だったけど、まあ当たるよね。

 でも、そんなに痛くは無いから、手加減してくれているのかな。


 そう思っていたら、今度はこの人が。


「ねえ、コウくん。今のうちにわたしとしない?」


 ああ、ヤバい子がきた……。


 というのも、先輩たちは実績のある経験者。けれど、彼女は僕よりはマシ程度で、素人同然だ。

 そんなミオリさんとの組手なんてトラブルしか起きないのだが、僕に断るつもりは無い。


「あっち行こう」


 そうして僕たちは少し離れたところへ移動し、こっそり組手の練習を開始。

 先輩たちと同様、僕は棒立ちで、彼女が攻めだ。


 最初は正拳突き。次は上段突き、下段突き。今度は上段蹴り、中段蹴り、下段蹴り。


 ここまではオッケー。


 で、問題は……。


「後ろ回し蹴り」


 ボスッ


「ゴフッ」


「あっ! ごめん」 


 モロに入った。


 彼女の後ろ回し蹴りが、僕の脇腹をえぐったのだ。


 僕はその痛みでうずくまり、脇腹を押さえて耐える。

 彼女も「だいじょうぶ?」と尋ねてくれて、オロオロしながらも、その柔らかい手で、僕の脇腹辺りをさすってくれた。


「あ、ありがとう。少し、良くなったかも」


「ううん、わたしこそ、ごめん。でも、コウくん。声が出せたね」


「あ、うん」


 ほんとだ。


 でも、それはいつも一緒にいてくれるミオリさんのおかげで……。


「ミオリさんがいつも、こうしてくれるから」


 それが素直な気持ちだったけど、彼女には自然な事であるらしい。


「当然だよー。だって、わたしが悪いんだから」


 まあ、そうなんだけど、でも。


 彼女とだったら、これからも普通に話せていけるのかな?


 なんてことを僕が考えていると、それを邪魔する人たちが現れる。

 

「へえ~、八重波くんって、脇腹が弱いんだ」


「違うし! あ……」


 なんか、せんぱいにも声が出せた。

 でも、ちょっと、マズったかも……。


「ふ〜ん、八重波くんは、あたしにそんな事言うんだね。そっか、そっかー」


 あ、ヤバい、詰んだかも。


 そんな僕の心の声は、現実のものとなる。


「違うんなら、カリナ。八重波くんの脇と腹をさすってあげて」


「えっ、いいの?」


「もちろん」


「やったー」


 そして始まった、僕の地獄。


「あ、ははは、やめて、お願い、ははは、ハアッ、イテテ……」


 やっぱり、まだ痛かった。


 ミオリさんもカリナ先輩が来たら離れてしまうし、最悪だ。


 さっきまでの天国が急転、もっか地獄へ転落している真っ最中。


 それに何より、部長がニヤニヤしてるし。


「ヘェ~、そうなんだね」


 何が?


「ダメ、コウキくんは私の物」


 いや、違うし。


「そうだよ! コウくんはみんなのモノだよ!」


 ああ、ミオリさんまで……。


「まあまあ、これで八重波くんが話せるようになる方法もわかった事だし、明日からまた頑張ろう」


 キラーン×3


 えっ、えっ、えっ……。

 

 ミオリさんも、そっち側?


 そして、冒頭へと戻るのであった。

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